Bitter Sweets
03 - 12月4日。なんだか最近よくお会いしますわね。


「あれ。今日はいないんだ」
 和人が怪訝そうに言った。
 朝の通学路。コンビニを出たばかりの玲は和人の視線の先を見る。
 そこには王藍学園の制服を身にまとった女子高生がひとり歩いていた。
「誰が」
 見たことあるようなないような。玲にとっては女なんてみんな同じに見える。 短く問い返すと、和人は「美冬ちゃんだよ。今日は連れの子ひとりみたい」と笑う。
(だから誰だ)
 名前を聞いてもわからずにいると、それに気づいたらしい和人が続けた。
「ほら、“ピザまん女”」
「あ? ああ……。つーか、オマエ知り合いだったか?」
「きのうカラオケでばったりあっただろう。あそこでさ、トイレで出くわしたときに名前訊いたってわけ」
 爽やかな笑顔の和人。
 一般的にみれば人の良さそうなものだろう。
 だが玲にしてみれば、胡散臭いことこの上ない。
「………お前も物好きだな」
 玲がため息混じりに言うも、和人は意に介することもなくさらりと返す。「そ? 結構可愛かったよね。ある意味素直そうだし」
 和人の言葉を聞き終わるのを待つことなく、玲は歩き出す。
 ピザまん女がどんな名前だろうが、興味などなかった。




***






 午前10時半。
 いつもなら二時間以上前には通っていなければいけない通学路を美冬は歩いていた。
 両親共働きで美冬よりも先に出勤していってしまう。
 そして今日はふたりとも急いでいたのか、目覚まし時計を止めて寝続ける美冬を起こすことなく家を出て言っていた。
 要は美冬は完全に寝坊したのだ。
 目が覚めたときは9時半だった。どうしようもない時間帯に、慌てる気力もなくゆっくり準備をして学校に向かうことにした。
 そして今である。
 コンビニで買った“チャーシューまん”を袋から取り出し、かぶりつく。
 もう片方の手にはケータイ。今朝何度も着信とメールを残していた由宇に『いま行ってまーす☆』とメール作成。
 もぐもぐと味わいながら食べていると、突然前から来ていた人にぶつかった。
「った……。あ、すみませんっ」
 前方不注意していたのは自分だから、素直に謝り顔を上げると美冬は顔を強張らせた。
 目の前にいたのはあの結城玲。
「げ」
 咄嗟に呟く。
 玲は眉間にしわを寄せて美冬を見下ろす。身長が20センチくらい高そうだから見上げなければいけないのが美冬としては不服だった。
「……お前」
 美冬のことなどスルーしてすぐに通り過ぎるかと思っていた玲がじっと美冬を見つめてくる。
「な、なによ」
 思わず身構えると、玲は美冬の手にしている物に視線を向け言った。
「なんでピザまんじゃねーんだよ」
「…………は?」
 美冬はきょとんとして自分の手の中のチャーシューまんを見る。そしてまた見上げた。
「今日の気分がチャーシューまんだから……。大好きだし」
「ピザまんは」
「二番手」
「本気か」
「本気ですが」
 短い言葉のやり取りに、いったい何の話をしているんだろう、と美冬は頭の端でそんなことを思った。
「ていうか、あんたなにしてんの? 学校は?」
「あ?」
 玲は胡乱な眼差しを美冬に向ける。
(目つき悪いんだよ!!)
 美冬が心の中でつっこんでいると、「所用で早退」とごく簡潔に玲が言った。
「お前は?」
 問い返されると、正直恥ずかしくてほんの少し顔を赤くしながら口を開く。
「えと……。寝坊ちゃって」
 照れを誤魔化すように無意味に満面の笑みを浮かべる。
 だが美冬の答えを聞くと、玲は「ふーん」と興味なさ気に呟いて、歩き出した。
 足早に去っていく玲の後ろ姿を美冬はぽかんとしながら見送る。
(いったいなんだったんだ……。っていうか、なに普通に喋ってたんだろ?)
 ピザまんの恨みはあれど、知り合いでもなんでもない。
 それなのに、ごくごく普通に自然と会話していたことが不思議でならない。
 美冬は駅のほうへと消えていった玲のことを考えながら残りのチャーシューまんを食べ終えたのだった。