Bitter Sweets
02 - 12月3日。偶然出くわして、こんにちわ。

「カラオケでも行こうよ♪」
 放課後、買い物に来ていた美冬と由宇にそう言ったのは帰りだけ一緒に帰っているクラスメイトの篠崎遥。
「うん、別にいーよ」
「私も」
 美冬と由宇はそれぞれ頷き、三人はさっそくカラオケボックスに向かった。
 自動ドアを抜けて店内に入り受付に行く。
 受付には二人の男子高校生がいて、何気なくその姿を眺め美冬は顔を強張らせた。
「……ぴ!」
 受付前2メートルで立ち止まって短く叫ぶ美冬。
「「ぴ?」」
 由宇と遥は同時にオウム返しに訊く。
 美冬はがちっと由宇を左腕でつかみ、右手を男子高校生の一人へと指し向けた。
「ピザまん男!!!!」
「はぁ?」
「なになにピザまん男ってぇ? って! あああ!」
 美冬が憎々しげに叫んで、由宇がきょとんとして、そして遥が美冬に負けず劣らずの大きな声で叫んだ。
「あれって、西南高の結城サンと宮笠サンじゃんっ!!!」
 遥が興奮気味に言った。
「なに、遥の知り合い?」
 美冬は眉を寄せて尋ねる。その横で由宇が「そういや、ほんとだー」と呟いている。
「はぁ? 知り合いじゃないよ。有名だよ。イケメンコンビ!」
「イケメンで有名なわけ?」
 確かに顔はいいけど、と“結城サンと宮笠サン”とやらを美冬はうさんくさそうに見つめる。
 と、受付が済んだからか三人が騒がしかったからか、その二人が振りかえった。
「……るせ」
 ピザまん男がぼそりと言い、その横に立つ男はにこりと笑って手を振る。
 ピザまん男だけでなく、その彼も顔が良い。クールな感じのピザまん男とは反対に目がねをかけ穏やかな笑顔を浮かべている。
「きゃっ! 宮笠さんの笑顔ステキ!」
 遥がぽっと顔を染める。
(メガネが宮笠ということは、ピザまん男は結城か。それにしても相変わらず性格わるそーなやつ!!)
 憮然と美冬が結城をにらむと、眼が合った。
 結城は一瞬目を眇める。美冬のことを思い出したようにニヤリと笑った。
『ピ ザ ま ん 女』
 結城の口がゆっくりと音無く動く。
 言われた言葉を把握して、思わず飛びかからんばかりになった美冬の制服のすそをがっちり掴んで阻止する由宇。
 結城と宮笠は美冬たちからすぐに視線を逸らせ、受付からエレベーターのほうへと去って行った。
「え、なにー? 美冬もしかして結城サンと知り合い?」
 遥が興味津津に訊いてくる。
 美冬は遥に視線をやって、苛立ったまま叫んだ。
「アイツこそピザまん男よ!!!!」
 ……はぁ?、と遥が首を傾げたのは当然で。
 一人冷静な由宇がさっさと受付へと向かったのだった。




* * *



 一時間ほど歌ったころ美冬は化粧室にたった。
 フリードリンクつきだから、いつも飲み過ぎてしまう。
 トイレと軽く化粧崩れを直して、化粧室をあとにする。
 男子トイレと女子トイレは隣り合わせになっていて、ちょうど美冬がでてきたとき反対側からも男が出てきた。
「「あ」」
 相手はメガネだった。
 とくに面識もないし美冬は思わず声を出したものの、会釈して宮笠を通り過ぎようと思った。
「こんにちわ」
 だが空しく声をかけられる。
「……こんにちわ」
 警戒心むき出しに返すと、宮笠はおかしそうに笑った。
 その笑顔は毒のない優しいものだったから美冬はつい照れて視線を泳がせる。
「君、ピザまん好きなの?」
 だが続いて宮笠から出た言葉に、目が点になる。そしてすぐさま羞恥に顔が真っ赤にそまった。
「ごめんごめん。きゅうに変なこと言って。俺、朝いつもアキと一緒だからさ。昨日一昨日と君のこと見て知ってたわけ」
 慌てて弁解する宮笠に、
「……アキって?」
と、問い返す。
「玲(あきら)。さっき一緒にいたやつ」
「ああ! ピザまん男!」
 思わず納得して言うと、宮笠が口を押さえ噴き出した。
「ピザまん男って!」
 耐えきれないといった感じで肩を震わせている宮笠は、笑いをなんとか沈めながら続けた。
「アキも言ってたな“ピザまん女”って。確かアキが残り一個だったピザまん買ったんだよね」
「そうそう! 私が買おうと思ってたのに!」
 明らかに理不尽な怒り。だが食い物の恨みは恐ろしいのだ。
「あはは。ごめんね。アキの代わりに謝っておくよ」
 さわやかに謝罪されて、また恥ずかしさがこみ上げてくる。
(ピザまんピザまん叫んでるアタシってばいったい……)
 美冬は自分の馬鹿さにほんの少しいたたまれなくなり、ぼそりと呟いた。
「………ピザまん好きだけど……。一番好きなのはチャーシューまんなんです」
 言って、はっと我に帰る美冬。
 今自分はいったい何を言った!?
 自分の口が告げたことをよくよく考えていると、宮笠が爆笑しだした。
「………」
 笑われても仕方のない状況だけに美冬はもう何も言えず、ただ顔を赤くするだけ。
 しばらくの間、笑い続けていた宮笠が「ごめん」と緩んだままの頬を手で押さえつけながら微笑んだ。
「ね、名前なんていうの? 俺は宮笠和人」
「へ……。あ、五十嵐美冬デス……」
「美冬ちゃんね。可愛い名前」
 にこりと笑う和人はどこからどう見てもイケメンで、イケメンすぎて、いまさらながらに美冬はドキドキしてきた。
「んじゃね。美冬ちゃん」
 軽く手を振って和人が歩き出す。
「はぁ」
 会釈して、ようやく美冬も部屋へと戻って行った。