Bitter Sweets
17 - 12月23日 とりあえず相談してみよう!


「なんで?」
「なにが?」
少しづつ飲みやすい温度になってきたキャラメルマキアートを口に含みながら、和人に視線を向ける。
美冬の問いかけに、和人もまた視線を向けて首を傾げた。
「……なにが……って、その……アキとなんかあったって……」
口の中でぼそぼそと呟く美冬。
ああ、と和人は爽やかな笑みで美冬の顔を覗き込んだ。
「なんか最近みーちゃん様子変だし」
「……別に」
「アキのマンションの前で入ろうか入らないかすっごい迷ってたし」
「……それは」
「それにアキの様子も変―――」
「アキも!?」
ぴくりと反応して、大きな声で和人を遮ってしまう。
あ―――……と美冬は口を押さえ、和人は軽く吹き出して笑いだした。
「アキの様子も変といえば変な気がしたような気がするなぁ」
和人がもう一度言いなおす。なんとも遠まわしで、しかも断定ではない言葉になぜか落胆してしまう自分を美冬は感じた。
(別にあいつにとっては意味なんてないんだから!)
慌てて自分の中でそう言い聞かせる。
「やっぱりなにかあったんだ」
「な、なにもないよ!」
いやに楽しげな和人から目を逸らし、美冬は首を大きく横に振った。
キャラメルマキアートを水でも飲むかのようにごくごくと喉を鳴らして飲み干す。
「みーちゃん」
そんな美冬の頬に和人が手を伸ばし、指で突いてきた。
びくりとした美冬は椅子から落ちそうな勢いでのけぞる。
「な、なに!?」
突かれた頬を押さえながらどもりまくって和人を見ると、和人はおかしそうに目を細めていた。
「いやー、みーちゃん可愛いなぁと思って」
「可愛くなんてないよ!」
イケメンに可愛いなんていわれるとむず痒くって恥ずかしくてたまらなくなる。
美冬は顔を真っ赤にさせてキャラメルマキアートを飲もうとしてすでに殻なのに気づいた。しかたなくカップをぎゅっと握りしめる。
「可愛いよ。恋する女の子だなーって感じ」
「……………はぁ!?」
和人の口から出てきたとんでもない単語に美冬は頭がパニックになるのを感じた。
今度こそ椅子からずり落ちてしまい、和人が吹き出しながら美冬の頭をぽんぽんと叩く。
「せーっかく俺がほっぺチューして俺のこと考えてくれてたのに、それをアキが吹き飛ばすようなことするなんてね?」
残念だ、とがっかりしたような口調の割にその表情はやはりどこか楽しげ。
「べ、べつにアキはなにも!」
「なんだかみーちゃんが悩んでるようだったから助言してあげる。アキがなにをしたかしらないけど―――あいつ簡単に女の子にちょっかいかけるようなヤツじゃないから」
ほらクールで俺様な感じでしょ?女の子に結構冷たいんだよねー。
そう和人は笑う。
「………えと……じゃあ」
玲の親友である和人の言葉を信じるなら、この前のキスには意味があるということなのだろうか。
和人は美冬が無意識に期待するように目を輝かせたのを眺め、ふっと一瞬なにか考えるように悪戯に目を細めた。
「うん。たぶんアキは―――少しくらいみーちゃんのこと気に入ってるんじゃない?」
「………」
気に入ってる。
なんとも微妙で複雑な気持ちになった自分の心に美冬は戸惑ってしまう。
それは聞きたかった言葉と少し違うような気がした。
だからといって聞きたかった言葉がなにかと言われれば―――イコール自分がそれを期待していたような気がして思わず目を背けてしまうのだけれど。
「べ、べつにアキに気に入られなくってもいいし!」
椅子に座りなおしながら強気に言うと、和人は「ふーん」と呟きながら美冬の顔を覗きこむ。
「じゃあ、俺は?」
「へ?」
「俺、みーちゃんのこと気に入ってるんだけど。どうでもいい?」
「えっ。え………え」
回転式の椅子をまわされて和人と向きあわされてしまう。
正面からまっすぐに見つめてくる和人と目をあわせることができなくて視線が揺れた。
「俺に気に入られてイヤじゃないんだったら……もう一回チューしていい?」
「はぁ?」
言いながら和人の顔が近づいてきて、とっさに身体を引く。
「今日は……アキと同じ場所にチューしようかな?」
妖しく笑ってさらに接近してくる和人に美冬はびっくりしながら、思わず唇を両手で押さえた。
「―――へぇ」
だけど和人がそれ以上距離をつめることはなく、逆に離れて行った。
「アキとキスしたんだ」
さすがにそれはちょっと意外だ。
と、和人はコーヒーを飲んでいる。
「え、あ、あ……ち、ちがうよ!?」
「みーちゃん。俺がさっき言ったこと、ほんとだよ?」
「へ……?」
焦る美冬に、コーヒーを飲みほした和人が椅子から降りて美冬を見つめた。
「アキは簡単に女の子にちょっかいかけるようなヤツじゃないってこと。しかもキスなんて、なおさら簡単にはしないよ」
「………」
でもあのときは―――、と美冬は言い返したかったが和人が真剣な顔をしていたので言葉を飲み込んだ。
「まあでもアキも結構抜けてるところあるから、気にしないでケーキ取りに行っておいで」
和人は笑顔を浮かべると美冬の分のカップを取り捨てに行った。
そのまま出口へ向かうのを見て慌てて美冬も後を追う。
「和人!」
暖房の効いていた店内とは変わって外に出たとたんに冷たい風にさらされ身体が竦んでしまう。
「なに?」
「あの―――……」
気にするなと言われても気になる。
しかも"簡単にキスしない"など言われたら、さらに意識してしまうのはしょうがない。
「いっしょには行かないよ? 俺もこのあと用事あるしね」
ごめんね、とケーキの入った箱をかかげて和人はにっこりしたまま美冬が頼もうとしていたことを断ってきた。
「んじゃ、みーちゃん頑張ってね? まー、またなにかあったら相談のるよ。もちろん俺にチューしてほしいときは遠慮なく言ってね? 大歓迎だから」
「………」
「ばいばい。明後日ね」
ぽかんと立ち尽くす美冬を気にするでもなく、和人は軽く手を振るとあっさり帰ってしまった。
「………ど、どうしよう」
一人取り残されて、ふらふらと美冬は玲のマンションへと赴く。
心細げに玲の住む階を見上げて―――。
美冬が意を決してマンションに入って行ったのは、それから優に1時間を経過してからのことだった。