secret 99  終わりの、はじまり  

ゆーにーちゃんと合流したのは5時過ぎ。
まだ夕食には早いから、買い物をすることになった。
制服姿とスーツ姿の私たちってどういう風に見えるんだろう?
ゆーにーちゃんと肩を並べて歩きながら、ショーウィンドーに映る姿を眺めて思った。
恋人? 兄妹? あやしい関係……とかだったらイヤだな。
なんとなく立ち止ってゆーにーちゃんの後ろ姿を見つめる。
「どうかした?」
「ううん。ただ私とゆーにーちゃんってどう見えるのかなーって思っただけ」
「……ああ」
ゆーにーちゃんは自分と私の姿を見比べて、ふっと笑った。
そして手を差し出す。
「手、繋ごうか」
穏やかな眼差しを向けられて、胸がきゅんとする。
「……うんっ」
ゆーにーちゃんと手を繋ぐ。
毎日触れ合ってるけど、こうして一緒に歩くのは本当に久しぶり。
「―――あのね、ゆーにーちゃん」
「なに?」
「………言ったよ、捺くんと和くんに」
暖かい手をぎゅっと握りしめながら、ぽつり呟いた。
「……そっか。がんばったね」
「……ん」
正直ちゃんと終わったのかわからない。
捺くんは、納得したいって言ってたし。
和くんは―――。
ズキ、って胸が痛んで眉を寄せる。
和くんと話した時のことは……あまり思いだしたくない。
余計なことまで―――思いだしてしまいそうで。
「……実優? 大丈夫?」
「………うん」
必死で笑顔をつくった。
ゆーにーちゃんは少し心配そうにしたけど、すぐに笑みを返してくれる。
「御褒美あげなきゃだね。プリンは明日作るとして―――もう一つは」
「なにくれるの?」
「………後のお楽しみ」
「……え? もう用意してるの?」
「まあね。帰ったらあげるよ」
「うん!」
なんだろう。なにくれるのかな?
わざわざ用意してくれてたっていうのがすごく嬉しくって、簡単に私の顔は勝手にほころんじゃう。
そんな私を見てゆーにーちゃんも優しく微笑んでくれて。
幸せな気分いっぱいで、お店をゆっくり見て回って買い物をした。
そしてご飯を中華を食べに行くことになって、お腹一杯になってマンションについたのは9時を回った頃だった。






お風呂からあがって、キッチンでミネラルウォータを飲む。
リビングでは湯上りのままパソコンを開いているゆーにーちゃんがいる。
ペットボトルを持ってゆーにーちゃんの傍に行くと、ゆーにーちゃんは私を見てパソコンを閉じた。
「……仕事いいの?」
「たまにはゆっくりしないとね」
「うん、ほんと休んだ方がいいよ?」
働きすぎて身体を壊しちゃわないか心配。
大丈夫だよ、って笑ってゆーにーちゃんは自分の膝の上をぽんぽんと叩いて私を手招いた。
「おいで」
促されるままに、ゆーにーちゃんの膝の上に座る。
間近にあるゆーにーちゃんからは爽やかなシャンプーの匂い。シャンプーは違うのを使ってるけど、ほのかに香ってくるボディーソープは同じ。
「こうしてればあっというまに疲れなんて取れるよ」
ゆーにーちゃんの手が腰にまわって私を抱き寄せる。私もゆーにーちゃんの肩に手をまわして、抱きしめる。
私はいつもしてもらっているように、そっとゆーにーちゃんの頭を撫でる。
―――愛おしいっていうのはこういう感情なのかな、ってふと思う。
ゆーにーちゃんの体温が心地よくって、切なくって、暖かくって、もっとずっとぎゅっとしてたくなる。
私なんかで疲れがとれるんだったら、ずっと抱きしめてあげていたくなる。
「―――やばいな」
ぼそり、ゆーにーちゃんが呟いて、私を見上げる。
「なに?」
「シたくなる」
「へ」
艶っぽいゆーにーちゃんの眼にドキっと胸が高鳴る。
その眼に見つめられて、囁かれたら、拒否なんて出来ない。
「キスしてくれる?」
ふっとこぼされた笑みに、私はゆっくり唇を近づけてく。
そっと触れて、ついばむようなキスを続けて。閉じたままのゆーにーちゃんの唇を舐めて―――。
「んっ」
急にゆーにーちゃんの舌が絡みついてきた。
熱く、私も舌を絡める。
深いキスに息も体温もどんどん上がってく。
「……っ……んん」
甘く舌を噛まれて、吸われて、それだけでゾクゾクっと気持ちよくなってしまう。
ゆーにーちゃんの手が私の手を握り締めて指をなぞって――――。
「っ………ゆ……」
ふと覚えた違和感に、ゆーにーちゃんから唇を離した。
そして、視線を落とす。
「………これ……っ」
「御褒美」
ゆーにーちゃんが握り締める私の左手―――その薬指には小さく光る指輪があった。
「……な……ん」
ぼろぼろっと勝手に涙がこぼれちゃう。
「……ん……。本当はこれ去年買ったものなんだ……」
「……え?」
ゆーにーちゃんは私を抱きしめ直して、少しして口を開いた。
「クリスマスプレゼントを選びに行ったときに見つけて……。実優に似あいそうで買ったんだ」
私はゆーにーちゃんの腕の中で指輪を見つめる。
ホワイトゴールドで、ハートのティアラをモチーフしてる可愛いデザイン。
中央のハートの部分に小さい石が入っててキラキラ光ってる。
「………でも、指輪なんて渡せる関係じゃなかったから……ずっと持ってた」
渡すことなんてないだろうって思ってたんだけどね、ってゆーにーちゃんは小さく笑う。
「………っ、ゆーに、ちゃんっ」
ずっと私だけが辛いんだって思ってた。
もうゆーにーちゃんには私は必要なくって、″特別″じゃなくなったんだって、思ってた。
「も、もうっ、ずっと、一緒だよねっ? もう、離れたり、しないよねっ……」
隙間なんてないくらいに抱きつく。まわす腕に力を込める。もう二度と離れないように。
「…………ああ」
抱きしめられ、頭を撫でられながら、ゆーにーちゃんの声を涙をこぼしながら聞く。
「………実優が望むなら、俺はずっと傍にいるよ」
だから―――心配しなくっていいんだよ。
どこまでも優しすぎるゆーにーちゃんに、私はただ必死でしがみついていた。
ずっと傍にいられますようにって、願いながら。







***








月曜日。
ゆーにーちゃんからもらった指輪をネックレスに通して身につけて、登校した。
「実優ちゃん!」
教室へと向かう途中で、声をかけられる。
それはよく知った声で、私は少し緊張しながら振り返った。
「……おはよう、捺くん」
「おはよう」
捺くんは笑顔だけど、どこか落ち着きのない様子で私のもとにくる。
「あのさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど……」
「……なに?」
「オレ、金曜日……見たんだ。実優ちゃんが男の人の車に乗るの」
「……え」
「……あの男の人が彼氏?」
無意識に、私はぎゅっとネックレスを握り締めた。
そして―――ゆーにーちゃんとの関係を守るために、迷って、答えを選んだ。
「ううん。あの人は叔父さんなの」
「……叔父さん?」
「そうだよ。ママの弟。いま一緒に暮らしてるんだ」
不自然にならないように、笑顔を作る。
「……そうなんだ。……叔父さん……なんだ」
捺くんは呟いて、視線を床に落とした。
「……ごめん、朝っぱらからいきなり」
「ううん」
「……じゃあ」
捺くんは少しだけ笑って、私の横を通り過ぎて行った。
先週までとは違う、距離。関係。
それに切なさを覚えていた私は―――気づかなかった。



自分が、ミスを犯してしまったことに。
そして、それは終わりのはじまる、合図だった。