secret 98  終わりの、はじまり  

………なんだか久しぶりに見た気がする。
学校の先生はメガネをかけて、すっごく真面目モード。
無表情だし、オフの時の変態さのかけらもない。
だから、先生を学校で見かけると、ちょっとおかしくってつい笑っちゃう。
あ。
先生すっごくビビられながら男子生徒に頭下げられてるし。
先生の授業受けたことないけど、すっごい厳しくって怖いっていう話だから、ビビっちゃってるあの生徒たちは先生の受け持ちなんだろうなぁ。
先生はその生徒たちを呼びとめて、なんか話してる。
さらに生徒たちがビビってるみたいだから、お小言なのかな?
……あれ。そういえば、今日って金曜日だよね。
そうだ……。
金曜日だってことを思い出して、ポケットからケータイを取り出す。
そしてカチカチとメールを作成して、送信ボタンを押した。
叔父が帰国しているからしばらく週末は先生のところに行けないってメールを―――。
「………え?」
送信完了を告げる画面を見下ろして、絶句する。
私―――いま、なんて、メールした?
ケータイを持つ手が、震えてしまう。
確認するのが怖くって、ただ、いま送信したばかりのメールを、削除した。
「―――実優?」
突然かけられた声に、びくんって心臓が跳ねあがる。
傍目にわかるくらいに身体をびくつかせた私のそばに現れたのは和くん。
「驚かせてワリい」
苦笑しながら和くんはそう言って、窓の外に視線を向ける。
「………松原か」
ぼそり呟いた和くんの言葉に、わけのわからない恐怖がさらにつのって、渦巻いて。
「ち、違うの!」
とっさに叫んでた。
「………どうした?」
不思議そうに和くんは私を見つめる。
「……え、と……、なんでも、ない……」
違う、ちがう、違う。
って、何に対する言い訳なのか、否定なのかよくわかんない言葉が頭の中をぐるぐる回る。
「……大丈夫か、実優」
眉を寄せる和くんに、私は視線を合わせることができない。
「……なんか、あったか?」
「…………好きな人と………付き合えるように、なったの」
声を絞り出す。
和くんにも、きちんと話しておかなきゃいけなかったから。
「………そっか。よかった、な」
「………うん」
「………でも、バレないようにしろよ」
「………先生じゃ、ない……よ」
勘違いしつづけてた和くんに、否定する。
そんなわけないのに。
私と先生はただの″セフレ″でしか、ありえないんだから。
「………え?」
和くんは驚きを隠さずに私を見つめてきた。
「私がずっと好きで、これからも、ずっとずっと好きなのは、一人なの。その人以外、特別はいらないの」
目を大きく見開いた和くんは、じっと私を見続ける。
私は、その視線に必死に耐えた。
ゆーにーちゃんのことを、ゆーにーちゃんのことだけを、想って。
「………お前……」
それ、本気で言ってんのか――――。
ひどく掠れて、呆然とした声が、私の頭上に落ちてくる。
「大好きな人なの……」
凝視してくる和くんに、そうもう一度言ったとき、本鈴が鳴りだした。
なにか言いたそうに、だけど口をつぐんでる和くんに、笑いかける。
「和くん、授業始まっちゃったね。戻ろう?」
だけど和くんは私から視線を逸らせた。
「……俺、サボる。実優は戻ってろ」
「………うん」
重苦しい空気に、私は和くんに背を向けて教室に戻った。











「実優、なんかあった?」
放課後、帰り支度をしてると七香ちゃんが訊いてきた。
「え?」
「……2人ともサボって帰っちゃったから……」
2人とも、っていうのは和くんと捺くん。
和くんは5時間目の終わりに戻ってきたけど、6時間目を受けないで帰ってしまった。
そして捺くんも、たぶんお昼休みのあと―――帰ってしまってたみたい。
「………私のせい……」
ぽつり呟くと、七香ちゃんが心配そうに私の顔を覗きこむ。
「言ったんだ?」
「うん……。好きな人と、付き合えるようになったって……」
「そっか」
「………」
「頑張ったね」
七香ちゃんは微笑んで頭を撫でてくれた。その手がとっても優しくって泣きそうになる。
私が泣いていいはずないのに。
「そうだ、ケーキでも食べに行かない? いつもウザイ2人もいないしさ!」
七香ちゃんが笑いながら元気に提案してくれる。
いつもと変わらない七香ちゃんにホッとする。
「羽純も行こうよー!」
そして近くにいた羽純ちゃんも誘って。女の子三人でカフェに寄ることになった。
それから他愛のない会話をしながら、カフェに向かう。
あえて私のことには触れないでくれているのは、たぶん今日和くんたちに話をしたばかりだからかな。
「なに食べる?」
「えっと、私は……イチゴショート!」
「私はティラミスにしようかな」
「んじゃ、私はイチゴタルトにしよっと!」
七香ちゃんが訊いて、私と羽純ちゃんが決めて、七香ちゃんも最後に選んだ。
飲み物も頼んで窓際の席に座る。美味しそうなケーキに頬が緩んじゃう。
いただきまーす、って三人で言って、ケーキにフォークを入れて。
「「「美味しい!」」」
甘くって美味しいケーキにしばらく夢中になってしまった。
ケーキを食べながら、いろんなことを話した。もう少ししたらあるテストのことや、クラスのこと。七香ちゃんの彼氏のこととか。
「―――落ち着いたらさ、実優の話も聞かせて」
カフェオレを飲みながら、七香ちゃんが目を細めて私を見る。
「……ん?」
「例の年上の彼氏のこと」
「――――……うん」
私は笑顔で頷いた。ひきつってないか、強張ってないか、心配になりながら。
私も、話したい。
みんなと同じように、大好きな人のことを。
でも―――ゆーにーちゃんは、血のつながりのある、叔父だから。
全部を七香ちゃんたちに話すことなんてできない。
それでもいつか話せたらいいけど……。
pipipipipi――――。
鳴りだしたケータイ。取りだして見ると、ゆーにーちゃんから。
七香ちゃんたちに断りを入れてからケータイに出る。
「もしもし?」
『実優? もう家帰った?』
「ううん。いま、お友達とカフェにいるよ」
『そっか。実は今日出先でそのまま帰れることになって、今から帰るんだ。もし実優が外にいるなら迎えに行こうかなって思って。たまには外食もいいしね?』
「う。うん!」
外食がっていうより、忙しい仕事の中で私のことを気にかけてくれるゆーにーちゃんの気持ちが嬉しい。
自然と頬が緩んじゃって、私は今いる場所を説明した。
『わかった。20分くらいで着きそうだけど、お友達は大丈夫かな?』
「えっと」
ちらり視線を上げる。
七香ちゃんと羽純ちゃんが私のことをじーっと見てて、私と目が合うとそろってにこっと笑う。
「私たちのことは気にしないでね」
言ったのは羽純ちゃん。
「………はい」
なんとなく全部見透かされてるような気がして、恥ずかしくって目が泳いじゃう。
「……あ、あの。大丈夫みたい」
『そう、よかった。それじゃあまた近くに来たら電話するよ』
「うん」
じゃあね、ってお互い言って電話を切る。
パタンって折りたたみ式のケータイを畳んでカバンにしまうと、
「彼氏!?」
って七香ちゃんが身を乗り出して聞いてきた。
「え」
どう答えようか、迷ってしまう。
″叔父″っていうべきか、″彼氏″っていうべきか。
ここは″叔父″って、言ってた方がいいはず。
もしかしたら迎えに来たゆーにーちゃんに会っちゃうかもしれないし。
でも―――。
「彼氏……」
言ってしまってた。
「きゃー! やっぱりかぁ! だって、なんか顔が乙女だったもん!!」
七香ちゃんがニヤニヤしてる。
「……乙女って……」
「確かに、可愛い顔してたよ」
羽純ちゃんまでも楽しそうに笑ってるし。なんだか恥ずかしい。
「彼氏さんなんだって?」
「えと、迎えにきてくれるみたい」
「優しいね」
「う、うん」
「いーなぁ! なんか幸せそうな実優見てたら私も会いたくなってきちゃったよー!」
「七ちゃんは寂しがり屋さんだもんね?」
「……違うよ!」
顔を真っ赤にして首を振る七香ちゃんが可愛くって、私と羽純ちゃんは声をたてて笑っちゃった。
それからゆーにーちゃんから連絡が来るまで七香ちゃんと彼氏についてのエピソードいろいろを羽純ちゃんが話してくれた。七香ちゃんは恥ずかしいのか珍しく黙ってたけど。
pipipipiって、ゆーにーちゃんからの着信がはいったのは20分くらいしてからだった。
あと5分くらいで着きそうって言うゆーにーちゃんに、車が停めやすいところまで行くねって伝えて。
会計を済ませてお店を出た。
″彼氏″見せてって言うだろうって思ってた七香ちゃんたちは、「今度紹介して」って笑って、帰っていってしまった。
拍子抜けしたけど、やっぱり少し安心してゆーにーちゃんを待った。
1分もしないうちに見慣れた車が停まって、走り寄る。
助手席のドアを開けると、
「おかえり、実優」
ゆーにーちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、ゆーにーちゃん」
緩みきっちゃってる顔にさらに笑みをのせながら、ドアを閉める。
「お友達は?」
「帰っちゃった」
「そっか、残念だな」
「うん。でも……今度紹介するね? ……あの″彼氏″として……」
恥ずかしくってゆーにーちゃんから視線をそらせて呟く。
「………楽しみにしてるよ」
ぽん、と頭を撫でられて、そっと視線を戻す。
目が合うと、優しく微笑んでくれた。
そして、車は走り出した―――けど。
まさか、この光景を、偶然にも捺くんが見てたなんて……思いもよらなかった。