secret 100  その、爪痕  

「いただきます」
お昼休み、いつものようにみんなでお弁当を広げた。
「美味しそうだね、今日も」
そう、いつものように。
お弁当をにこにこ覗きこむのは捺くんで、その向かいにいるのはパンを頬張っている和くん。
もう一緒にお昼を食べることもなくなるかも、なんて思ってたのに、2人は当たり前のようにお昼になると集まってくれた。
「あ、ありがとう」
でも全部がいつもどおり、前までと同じってわけでもない。
やっぱりどうしてもぎこちない雰囲気がある。というか、私が一番ぎこちないし……。
「それにしてももうすぐテストはじまっちゃうよー! どうしよう!!」
お弁当を食べながら憂鬱そうに七香ちゃんがため息をつく。
「あと一週間だね。なんとかなるんじゃない?」
あっさりと羽純ちゃんが返す。
「……そりゃ羽純は頭いいからいいけどさー。あ! ねえねえ、みんなで勉強しよーよ! 放課後図書室とかで」
いいこと思いついた!、っていう感じで七香ちゃんが目を輝かせる。
「そうね、それもいいかもね」
「うん。しよっか」
羽純ちゃんが頷いて、私も勉強しなきゃって思ってたから同意した。
「………俺はいい」
「………オレもいいや」
だけど、和くんと捺くんは「悪い」って言って。
「………」
きっと私のせいなんだろうなって思うと、自然と俯いてしまう。
「……今週知り合いにバイト頼まれてて忙しいんだよ」
一瞬ポンって頭を軽く叩かれた。
それは隣に座る和くんで、顔を上げてみれば目があってふっと笑われる。
「テスト前にバイト入れるとか、終わってるね」
七香ちゃんが呆れてため息をつく。
私は和くんの優しさに目が潤んでしまって、結局また俯いてしまった。
「いいんだよ。赤点じゃねーなら」
「ま、私には関係ないからいーけど〜」
「つーか、七香は勉強したって赤点だろ」
「はぁ!?」
珍しく言いあう和くんと七香ちゃん。
「捺くんは来ないの?」
その横で、また珍しく捺くんに声をかけたのは羽純ちゃんだった。
「え? あー、オレいいや。勉強めんどくさいし」
「そっか。でも気が向いたら参加してね?」
「……うん」
私はただ羽純ちゃんと捺くんの会話を黙って聞いてることしかできなかった。








「あー、もうダメ!」
そう言って机に突っ伏したのは七香ちゃん。
放課後の図書室。テスト勉強をするために三人できてた。
「………七香ちゃん? まだ20分しかたってないよー?」
思わず苦笑してしまう私に、七香ちゃんは
「20分もしたし!」
って、ため息つく。
「七ちゃんは集中力ないもんね」
「………悪かったわね」
さらっと毒舌な羽純ちゃん。
むっと頬を膨らませる七香ちゃんがおかしくって、ついつい吹き出してしまった。
「なに笑ってんのよ〜、実優! ……ていうかさぁ、ソレ! 彼氏から?」
さらにムッとしながら七香ちゃんが顔を上げて、ふと私の胸元を指さした。
「え?」
「指輪でしょ? ネックレスにかけてるの。先週はなかったよね」
「あ、うん」
ゆーにーちゃんからもらった指輪に触れる。
「可愛い。ティアラモチーフね。実優ちゃんに似合ってる」
羽純ちゃんがにこっと微笑んでくれて、照れくささと嬉しさとで顔が赤くなってしまうのを感じた。
「ありがと」
「いいなー! いいなぁ! 実優の彼氏ってセンスいいよねー! ああ、こんなことなら金曜日やっぱり紹介してもらってればよかったよ」
「そうだね。ゆー……あ、えと……彼氏も……七香ちゃんと羽純ちゃんに挨拶したかったって言ってたよ」
「ほんと!? じゃ今度ぜったい紹介してね〜! 楽しみ!」
「うんっ」
″叔父″じゃなくって″彼氏″として紹介できるのが嬉しい。
それは七香ちゃんたちがゆーにーちゃんが″叔父″ってことを知らないからできること。
ちょっとだけ嘘ついているような気がして罪悪感を覚えるけど、でも叔父と姪っていう以上に、私とゆーにーちゃんは″恋人″なんだから。
だから、いいよね? ちょっとくらい……。
「テストが終わったら、紹介するね」
私は笑顔でそう言った。
ただただ友達に好きな人を紹介できるっていうことが嬉しくってたまらなかった。









「今日も勉強するんのか?」
木曜の放課後訊いてきたのは和くん。
帰り支度をしながら「うん」って頷くと、和くんはちょっとだけ照れくさそうに微笑む。
「あのさ、俺今日バイト休みなんだ。俺も参加していいか?」
今週はずっと七香ちゃんたちと放課後過ごしていて、和くんとも捺くんとも一緒に帰ってない。それがちょっと寂しかったから、
「もちろんだよ!」
って大げさなくらいに大きく頷いてしまった。
「えー、金髪は勉強しなくってもいいよー」
前の席の七香ちゃんが話を聞いてたらしく、振り返ってそんなことを言っちゃう。
「……七香には聞いてねー」
「せっかく女の子だけの勉強会なのにさー」
「うるせー。どうせお前は喋ってばっかりだろうが」
「失礼だな、アンタ!」
「………もう行くか?」
食ってかかる七香ちゃんをスルーして和くんが私を見る。
「うん」
頷いたとき―――ポケットに入れてたケータイが振動しだした。
授業中はバイブにしてたケータイを開くと受信メールが1件。
それは捺くんからだった。
『ちょっと話があるんだけど。例の踊り場に来てくれる?』
―――話し、ってなんだろう。
もしかして″答え″なのかな。
はっきり―――私と距離を置くっていう。
『わかった。もう少ししてから行くね』
もう、友達でもなくなっちゃうのかもしれない。
そう思いながらも、私はメールを返信した。
「………実優?」
心配そうな和くんの声に我に変える。
顔を上げたら七香ちゃんも真面目な顔で私を見てた。
「どうかしたの? 顔色悪いけど」
「……ううん、大丈夫。あの、私ちょっと寄るところできたから……。図書室あとで行くね?」
「え? うん」
なにか言いたそうな和くんと七香ちゃんに笑顔で手を振って、先に教室を出た。
少し気持ちを落ち着けてから行きたかったから。
ぎゅっと鞄を握り締めて、ゆっくり時間をかけて踊り場に向かった。