secret 96  終わりの、はじまり  

「もう風邪大丈夫なの?」
翌日の学校。教室で七香ちゃんと羽純ちゃんから心配そうに訊かれた。
昨日は風邪でお休みって連絡してたから七香ちゃんや和くんたちから『大丈夫?』ってメールが入ってて申し訳ない気持ちになった。
それでも―――。
「大丈夫みたいだね? なんかすっごく元気そう」
って、七香ちゃんに苦笑されるくらい私はにこにこしてる。
だって当たり前のように朝ゆーにーちゃんから起こしてもらって2人で朝ごはん食べて、キスして、一緒にマンションを出て。
幸せな気分にならないはずがない。
「うん! 一晩寝たらすっかりよくなったよ。心配掛けてごめんね!」
たぶんいつもより元気すぎたみたい。
「そうみたいだねー」
「治ってよかった」
七香ちゃんと羽純ちゃんがやっぱり苦笑してる。
それから2人とおしゃべりしてると、
「実優」
「実優ちゃん!」
聞き慣れた和くんと捺くんの声。
振り返ると2人はバタバタと私のところまで走ってきた。
「具合だいじょうぶか?」
「熱は? 吐き気は? まだ休んでた方がよくない? 大丈夫!?」
和くんが眉を寄せて、捺くんが泣きそうな表情で訊いてくる。
「う、うん。もう治ったみたい」
笑顔を向けると安心したように2人はそろってため息をついた。
「よかった」
「ほんとよかったぁ! もうオレすごく心配してたんだからね?」
そう言って捺くんが私の手をぎゅっと握ろうとしてきて―――。
私は反射的にその手を振り払っていた。
「――――え」
その声が誰のだかわかんなかった。というか、みんなだったかもしれない。
私だって、ハッとして焦ってしまう。
「ご、ごめん!」
どうしよう。
でも、もうゆーにーちゃんに絶対他の男の人に触れさせないって約束したから。
だから、たぶん身体が勝手に拒絶しちゃったんだと思う……。
「……ごめんね、やっぱりまだ変なのかも?」
あんまりにも捺くんの顔が強張ってるから、ぎこちなくだけど笑って謝った。
「………うん」
「捺はスキンシップがいつも突然だからびっくりしちゃったんだよ、きっと!」
七香ちゃんが笑いながらフォローを入れてくれて、それに応えるように和くんが続ける。
「お前はいつも下心ありすぎだから、病み上がりの実優にはキツイんだよ」
呆れ混じりの和くんの言葉に、ようやく捺くんは強張ってた顔をムッとしたものに変えて。
「うるさい! すっげー心配して安心したからギューって手握り締めたくなっちゃっただけだろ! オレの真心だよ!!」
「「意味わからん」」
和くんと七香ちゃんが口を揃えて言って、それにまた捺くんがムッとして、その横で羽純ちゃんがおかしそうにクスクス笑って―――ようやく私もほっとして自然に笑顔になった。
そうしてその場は一旦治まったんだけど。
だけど、お昼休み、また波乱を―――私が起こしてしまった。








「なんだか今日はいつもよりお弁当美味しそう!」
開いたお弁当箱の中身を捺くんが覗きこんで、目を輝かせた。
いつもより、っていわれると普段が知れてるような気もするけど、実際今日のお弁当は手が込んでる。
だってゆーにーちゃんにも同じお弁当を作ったから。
いつものように冷凍食品メインで副菜で、なんてことはできない。
色どりや栄養バランスなんかを必死で考えて、朝早くに起きてがんばって作った。
もともとゆーにーちゃんがいたころはお弁当を作るのは私の仕事だったからきついとかは思わない。
逆にまたゆーにーちゃんのために作ることができて嬉しくってしかたない。
「新しくお弁当の本買ったから、がんばってみたんだ」
でもそれを捺くんたちに言うことはできないから、昨日買った本を引き合いにして返事した。
「へ〜! これ美味しそう!!」
「えと、これはポテトの肉巻きだよ」
「いいなー」
捺くんが上目遣いに見つめてくる。
それはもう慣れた光景で、欲しいっていうおねだり。
もういつものことだから隣で食べてる和くんも、おしゃべりしてる七香ちゃんと羽純ちゃんもとくに突っ込んだりしてこない。
私も普通に肉巻きポテトをお箸でとって、嬉しそうにあーんって口を開けて待ってる捺くんにあげようと箸を向けて。
止めてしまった。
「………」
一瞬迷って、そしてお弁当箱の蓋に肉巻きポテトを置く。
それを見てた捺くんの表情が拗ねたようなものになっていった。
「……あーんしてくれないの?」
「えと、あのちょっと恥ずかしくなって」
苦笑して答えると、捺くんは不貞腐れたように口を尖らせる。
「いままでしてくれてたのに?」
「……う、うん」
「なんか今日実優ちゃん冷たい……」
「え、そんなことないよー!」
実際ゆーにーちゃんが帰ってきて、そしてまた″特別″になれたことが原因で捺くんに無意識に一線を引こうとしちゃってる気がする。
でもずるいってわかってるけど、友達関係を崩したくないから、私は慌てて手提げバッグから2つの箱を取り出した。
「な、捺くん! これ、遅くなったけど」
「……え。もしかして」
「バレンタインのチョコ。あの、和くんも! これよかったらもらって?」
捺くんと和くんに差し出すと、2人は一瞬ラッピングされた箱をじっと見つめて。
「ありがとー!!!」
捺くんは満面の笑顔で、
「……ああ」
和くんは照れくさそうな笑顔で受け取ってくれた。
「開けていい?」
うきうきと捺くんが訊いてくるから、笑顔で頷く。
2人に上げたのは値段は同じだけど内容は違うチョコ。
捺くんにはちょっと小さいクマの形をしたチョコがはいった可愛い感じのトリュフのセット。
和くんには甘いものが苦手そうだったからビターそうなチョコを選んでみた。
2人はそれぞれラッピングを開けて、一口食べた。
「おいしー!」
「うまい」
同時に言ってくれて、ホッとする。
喜んでもらえたようでよかったー!
「実優ちゃんからチョコもらえるなんて思わなかったから、まじ嬉しい! ほんとありがとーね!!」
捺くんはにこにこ言って、そして距離を詰めて抱きつこうと両手を広げてきた。
「―――おい、捺……」
それを見た和くんがすかさず制止させるように言いかけた。
でも、それより早く、私はとっさに―――両手で捺くんの肩を、止めるように押してた。
「…………」
「…………」
とっさの行動だったけど、まわりがシーンとして慌てて手を下す。
だけど勢いを消された捺くんは、眉を寄せて私をじっと見つめた。
和くんや、七香ちゃんたちも、いつもと違う私の行動に視線を向けてるのがわかった。
「………なんかあった? 実優ちゃん」
ちょっとだけ低くなった捺くんの声。
拗ねるとかじゃなくって、いぶかしむような眼差し。
「え? 別に、なにも」
「………だって、変。今日の実優ちゃん。妙に浮かれてるし、妙に冷たいし」
「つ、冷たくないよ?!」
「………んじゃ、距離置かれてる感じする」
「………」
「もー、いいじゃん。実優だってそんな日あるよ、捺ウザイなーとかさ」
七香ちゃんがわざとからかうように捺くんに笑いながら声をかける。
「………オレのこと嫌いになった?」
だけど捺くんはまわりのことなんか気にせずに、訊いてきた。
「そんなわけないよ! ……ただ」
「ただ、なに?」
「あの……″友達″だから……、″友達″だけど……、その……あんまりスキンシップ取るのはどうかなって思って……」
「………なんで? なんで急にそんななってんの? 先週まではべつにフツーだったじゃん。あーんだって抱きつくのだって、別になにもいわなかったよね?」
「………それは、その」
「なんかあったの? 休んでる間に」
―――あった。
ゆーにーちゃんが帰ってきた。
ゆーにーちゃんとまた一緒にいれるようになった。
ゆーにーちゃんとまた″恋人″になれた。
でも、それは言えない。
″叔父″だって言わずに、″彼氏″ができたって言えばいいのかもしれない。
だけどなにかの拍子にそれが″叔父″だなんてバレたら……。
「………なにもないよ? ただ……その、捺くんモテるし……、私に構ってたら誤解されちゃうだろうから……だか……ら」
「誤解って誰に? オレ、別に誰に誤解されようが構わないんだけど。だってオレが好きなの実優ちゃんなんだし」
「…………」
「………もー、いいよ。オレ今日は教室戻って食べる」
沈黙してなにも答えることができない私。
捺くんはそんな私にため息をつくと、そう言って立ち上がった。
「ちょっと、捺〜!」
「捺くん!」
七香ちゃんと羽純ちゃんが慌てたように声をかける。
でも捺くんは「じゃーね」と言い残して、私たちの教室から出ていってしまった。
「………」
どうしよう……。
捺くん、怒ってたよね?
「………気にすんなよ。ちょっと拗ねてるだけだから」
和くんが苦笑いして、手を浮かせる。
いつもならその手は私の頭をぽんと撫でる。
だけど和くんは一瞬考えるようにして、その手を下した。
「………」
「ほんと気にすることないよ! 実際あいつスキンシップ激しいし、たまにはガツンって言ったほうがいいのよ〜」
七香ちゃんは屈託なく笑って、ちょっと重い空気をとりはらおうとしてくれる。
「………ん」
だけど私は自分でしたことなのに、罪悪感が渦巻いてしょうがなかった。
だっていままでしてたことを急に拒否するなんて、変だよね?
「………実優ちゃん」
羽純ちゃんが優しい笑顔で私を見つめる。
「自分の気持ちを態度で示すの、悪いことじゃないよ? 気持ちの変化って誰にでもあるしね? ただ、ちゃんと″どうして″かは話したほうがいいと思うけど」
「………うん」
穏やかに諭してくれる羽純ちゃん。
「まぁ、そうねぇ。バレンタインだったもんねー、日曜は」
″本命″とうまくいったとしても不思議じゃないよねぇ。
って、七香ちゃんが紙パックのりんごジュースを飲みながら呟いた。
「………」
私はそれになにも言うことができなくって。
自分自身に内心ため息をつきながら視線をさまよわせて―――和くんと目があった。
和くんは一瞬切なそうに瞳を揺らす。
だけどすぐに優しく笑って。
『だいじょーぶだよ』
口パクで、言ってくれた。
それが、とっても切なく感じた。




ちゃんと、答えを―――私を好きだと言ってくれてる2人に伝えなきゃいけない。
もう流されて″友達″かそうでないかっていう曖昧なラインで揺れてるわけにはいかないから。
自分勝手だけど……友達以上にはなれない、って伝えなきゃいけない。
もしかしたら″友達″ではいられなくなるかもしれないけど。
私が一番大切なのは―――ゆーにちゃんだから。