secret 89  愛する人

「明日ちゃんと食べてくださいね?」
「わかってる」
スるつもりなんてなかったのに、キッチンでシちゃって。
私はそのあとあんまり食べる気力もなくって、ちょっとしか食べれなかった。
先生は満足したのかお代わりまでして食べてたけど。
それでも作りすぎたからかシチューは残ってたので、タッパーに移し替えて片づけをしてきた。
そして今は車の中。
私のマンションに送ってもらっているところ。
「今日ってお友達と会うんですか?」
「ああ。いつも急に電話してくるんだよな……。迷惑なヤツ」
窓を少し開けて先生は煙草を吸っている。
もう煙草の煙も慣れてしまって、そんなに息苦しいと思わなくはなってきてた。
先生の煙草の匂いは、なんだか好きだし。
「先生のお友達って興味あります」
「ろくなやつじゃない」
「類友ですか?」
「言うな、お前」
軽くにらみながらも先生は楽しそうに口角を上げる。
「ま。親友っていうか悪友っていうか……。腐れ縁だな」
「ふーん……」
会ってみたいな。
単純に一瞬思って―――、打ち消した。
私が先生のお友達に会うことなんて、ない、あるはずがない。
「それにしても、悪かったな。バタバタで」
「気にしないでください。……先生がキッチンで……シなかったらもっと余裕あったと思うけど」
「へぇ? 俺のを締めつけまくってイッてたのは誰だっけ?」
「………それはそれです」
「はいはい」
ククっ、と先生が笑って―――車が停まった。
「ありがとうございました」
「いえいえ。こっちこそチョコどうも」
先生も一緒に車から降りて、教科書なんか重い物が入った鞄を渡してくれた。
「ホワイトデーは期待してろよ?」
「え。くれるんですか?」
「ああ、もちろん。実優が喜びそうなのを用意してる」
「え、もう?」
「そうそ、目の前のイケメンとかな」
「………それ自分で言います? 私……クッキーでいいです」
「お前、ありがたみがないやつだな。俺がじきじきにくれてやるって言ってるのに」
「先生の場合、たんにシたいだけでしょ」
「嫌いじゃないだろーが」
「………クッキーでいいです」
「はいはい。了解」
「普通のでいいですからね?」
「普通じゃないクッキーってなんだよ」
こうやって先生と言いあうの、嫌いじゃなかった。
「んー、なんか先生って変なの用意しそうな気がするから」
「ああ、媚薬入りとか?」
「……ヤです」
「遠回しのリクエストだろ?」
ばかばかしい軽口をたたくのが、嫌いじゃなかった。
「違―――」
「実優」
「――――」
「実優?」
先生は、呼んでない。
先生の、声じゃない。


「――――」


ぐらぐらする。
ドキドキする。
どうしようもなく、身体が大きく反応してしまう。

ゆっくり、声のしたほうを見る。


「やっぱり、実優だ」


優しい笑顔で微笑むのは。



「―――――ゆー……にーちゃん」



私の、最愛の人、だった。