secret 87  愛する人

「はい、先生」
朝食を終えて、ソファーでのんびりコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる先生に長方形の箱を差し出した。
ブルーグリーンの大人っぽい包装紙と鮮やかな青のリボンでラッピングされた中身はチョコレート。
今日はバレンタインデーだから。
「あ? ああ」
もちろん義理義理義理!だけど、結構先生にはご飯とか奢ってもらっちゃってるから……すこしだけ奮発しちゃってるけど。
「これチョコ? これだけ?」
義理だし、先生になんて板チョコだけでもいいくらい。
なのにちょっと頑張って高いチョコにしてあげたのに、先生はチョコを不服そうな顔で受け取る。
「これだけですけど」
「お前、まだ俺の好みがわかってないな」
先生は呆れたように見あげてくる。
「先生の好みって?」
「だからさー、全裸にチョコソースかけて″私を食べ――″っ!」
あまりのばかばかしさに、ついクッションを先生の顔に投げつけてた。
「……実優、お前いい度胸だな?」
「先生が変態すぎるからでしょ!!」
「変態じゃない、一般的な理想論だ」
「嘘だ!」
「いまらかでも遅くない。脱げ。で、チョコを×××の中に入れ―――っ!」
またまたばかばかしくってクッション第二弾……。
「変態! もう! このチョコ結構高かったんだから普通に食べてください! ていうか食べますよ!」
変態エロ教師になんて付き合ってられない!
先生と知り合ってもう2カ月近く。いい加減、変態さに免疫も出てきたから先生の反論を適当に切り上げてチョコを奪い返した。
「……それ、俺がもらったやつだろ?」
ラッピングを解いていく私を先生がにらむ。
「開けてあげてるだけです」
中身はトリュフ10種類で1500円。
私にしてみたらすっごく頑張ったほう。
まぁもちろん……私も食べるつもりでかったけど。
「はい、どうぞ」
箱を開けて、先生にまずは一個あげようと差し出したのに、先生はまた不服顔。
「はいじゃないだろ。あーんだろ」
「………はいはい、あーん」
いちいち反抗してもウザいだけだから、一個取ってあげる。
「……実優……お前まじで覚えてろ?」
ぶつぶつ言いながらも先生は私の指からチョコを食べた。
「………甘……」
眉を寄せてもごもごと口を動かしてる先生。
やっぱり甘いモノだめなんだから食べないよね。
ああ、よかった。自分の好みのチョコ買っておいて!
これ食べたかったんだよね〜。
るんるん気分でチョコの一つを取った。
「おい。食べるなよ? 俺のなんだから」
「………甘いモノ嫌いじゃないですかー」
「食べたかったら、こっち来てお願いしろ」
コーヒーを飲みながらニヤって先生が笑う。
「………」
「ほら。いらないのか?」
「………」
向かいのソファーから先生の隣に座って。
顔がムスッとしてるのを隠しもせずに先生のチョコの箱を渡す。
「……これ……食べたいです」
「食べさせてください、お願いします。だろ?」
「このチョコが食べたいです。食べさせてください、お願いします」
棒読みで言ってやった。
ほんと先生ってウザイ!
「仕方ないなー」
だけど先生は私が食べたかったチョコをぽいっと自分の口の中にいれちゃう。
「えっ! ちょっ! せんせ―――っ」
私のチョコ!って言う言葉は、先生の口の中に消えてった。
後頭部にまわされた手、触れた先生の唇。
私と先生の舌の間でチョコが溶けていく。
「……っ……ん」
甘い。
美味しい。
けど、息が苦しい。
でも、気持ちいい―――。
「……やっぱり……甘いな」
ぺろり唇を舐めながら先生が離れていった。
「……美味しいですよ?」
「なら、もう1個食うか?」
「……食べたい」
きっとぼうっとした顔をしてしまってると思う。
先生はちょっとだけ悪そうな笑みを口元に浮かべてて、またさっきと同じようにチョコを口にいれて私にキスしてきた。
チョコを隠すように舌を丸める先生に、必死で舌を絡めて、食むように深く深くキスを味わっていった。
気づいたら腰を引き寄せられて、先生の膝の上。
チョコはもう溶けきっちゃってる。
まだ甘い味は残ってるけど、原型はなくって絡みあうのは舌だけ。
「……ん………ぁ……」
先生の手が胸の膨らみをやわやわと揉みだす。
「んん……っ……」
揺るかな刺激に身体がちょっとだけ震えるのを感じて―――。
「……っ、す……ストップ!!!」
ぐいっと先生の顎に手を当てて力任せに押しやった。
「……なんだよ」
低すぎる声で先生がにらんでくる。
「だからストップ! 離れてください」
「なんでだ」
「先生、仕事あるんでしょ!?」
最近先生は忙しい。
たぶん学期末試験の準備とかだと思うけど、昨日も仕事してたし。
今日も昼間少しするって言ってたし。
「あるけど、1回シてからでいい」
そう言ってまた顔を近づけてくるから、今度は掌で先生の顔を押しとめる。
「……実優ちゃん?」
「1回って、朝食食べる前にもシたじゃないですか!」
「あれはあれ、これはこれ」
「私も今から勉強するから、先生も仕事してください!!」
先生に乗せられて流されてたら体力なんていくらあっても足りなくなっちゃう。
それをこの1カ月いやってくらいに実感させられたから、必死で先生の腕から逃げた。
チッ、と先生は舌打ちして温くなってそうなコーヒーを飲んだ。
私はキッチンに行って、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して注いで。
勉強道具を持ってソファに戻った。
先生も諦めたのか書斎からパソコンを持ってきて、2人ローテーブルでそれぞれの作業を始めた。
カチャカチャとキーを叩く音が室内に響いてる。
そういえば―――ゆーにーちゃんも仕事を持ち帰ってリビングでパソコン開いてたな、って懐かしく思った。
もう、半年も会ってない。
一応ゆーにーちゃんの分のチョコも用意してるけど、渡せるわけないし、たぶん私が食べちゃって終わりそう。
胸の内でため息をついて、ふと広げた教科書のそばにあるチョコの箱が目に入った。
「……先生、チョコ食べていいですか?」
「……あとでその分の代償払ってもらうぞ」
「……はーい」
どうせ、チョコ食べても食べなくっても帰る前に絶対襲われるだろうし。
だからパクッとトリュフを食べた。
まともに食べたチョコは見立て通りに美味しい。
甘さに癒されながら、でも勉強する気がイマイチ起きなくって、パソコンをしてる先生に視線を向ける。
仕事をしているときの先生はメガネをかけてる。
それは家でもで、いま先生はメガネをかけてて、真面目な顔。
真剣な表情だったら全然変態エロ教師なんかには見えないのに。
「……先生、次は何年のうけもちになるんですか?」
「……あ? ああ、3年かな。残念だったな、俺の授業を受けれなくって」
「……そうですね。3年かぁ、受験生大変ですねー」
「そうだな。担任にでもなった日には一苦労だな」
「なるんですか?」
「さぁ」
「仕事が忙しかったら性欲も減るかもですよ?」
「………俺の場合は増しますから」
「………」
「………」
ちらっとメガネ越しににらまれたから、視線をそらせてまた勉強を再開した。