secret 82 Unconsciously

目が覚めた時、まぶたに乗せていたタオルはずり落ちてしまってた。
寝返りを打って、横向きに寝ちゃってたから落ちてしまっててもしょうがない。
ていうか……。
私の手が、先生の腕を掴んでいることに気づいて、慌てて離した。
先生はぐっすり眠ってるみたい。
狸寝入りだったらイヤだなって思ったけど、規則的な寝息は続いていて、その目が開く様子は全然なかった。
今日運転長時間だったし疲れてる……のかな。
上半身を起こして先生の寝顔をぼーっと見つめた。
男の人の寝顔をこうしてじっと見るのなんて、どれくらいぶりだろう?
前見たのはもちろんゆーにーちゃんで。
ほとんど私の方が起きるのは遅かったけど、たまに仕事で疲れてる時なんかは私よりも遅くまで寝てることがあった。
「……ゆーにーちゃん」
隣に寝てるのは先生、なのに。
眠っているゆーにーちゃんの寝顔を思い出して、ため息がこぼれる。
胸がもやもやして、ベッドから抜け出した。
それからバスルームに入って鏡で顔をチェック。
少しでも冷やしてたからかそんなにまぶたの腫れは気にならないくらいにはなってた。
でも化粧は落ちちゃってるし、疲労感が漂ってるし……。
とりあえず顔を洗おうかなぁ?
洗面台には洗顔なんかのアメニティが揃ってたから一度全部化粧を落とした。
「………ぁ!」
洗い流してタオルで拭いてて、そういえばバッグが車の中に置きっぱなしってことに気づく。
バッグの中にメイク道具は入ってるから、お化粧ができない!
ど、どうしよう。
まあ先生にはすっぴん見られてるけど……。
おじさん……道隆さんと椿さんに見られるのはなあ……。
ああでもすっぴんよりもひどい顔を見られちゃってるから……いいかな?
「んー……」
「なに唸ってるんだ」
鏡の中の自分を見ながら必死で考えてたら、突然声がかけられて。
ビクッとして身をすくめてしまう。
「び、びっくりさせないでください!」
バスルームのドアに寄りかかるようにして立っていたのは先生で、まったく入ってきた気配がなかったから心臓に悪すぎる。
「お前が自分の顔に見惚れてて気づかなかっただけだろ」
「見惚れてません!!」
「あっそ」
先生はいつもと同じ感じ。
私が泣いてたことも、ずっと沈黙で重苦しい空気があったことも、全部なかったかのようにいつもと変わらない。
思わず私もいつもと同じように突っかかっちゃったけど、先生と目が合ってひるんじゃう。
気まづいって思ってるのは私だけかもしれないけど。
「……あの……すっぴん……変じゃないですか?」
でも―――いつまでも重苦しいのもイヤだから、恐る恐る話しかけた。
「すっぴん? 別に? だってお前10代だろ? 化粧の必要なんてないだろ」
「………」
「綺麗な肌してるんだから、そのままでいいんじゃないのか」
鏡越しに先生の手が伸びて、私の頬に近づいてきた。
だけど触れるギリギリのところで手は止まって―――離れていってしまう。
それが妙に………。
「先生って大人ですよね」
なんでだろう。
イライラする。
なに? なんで?
「……あ?」
「いまさらですけど、いくつなんですか?」
「28」
「………」
ゆーにーちゃんと一緒……。
「一回り……違うんですね……。28歳の人にとってみたら私なんてコドモですよね?」
ゆーにーちゃんにとっても、先生にとっても、一回り下の女の子なんて、こどもにしか見えないんだろうな。
「………お前が思ってるほど28歳だって大人じゃないぞ?」
ゆっくり先生が私の傍にやってくる。
私は先生を振り返ることができなくって、ずっと鏡越しに見ているだけ。
「―――実優」
先生の手が、今度はちゃんと私に触れて、私の顎を持ち上げた。
先生を見上げるように上向かせられる。
「なにか言いたいことあるなら言え」
まっすぐ私を見て先生は言う。
でも――――、別に言いたいことなんて。
「なにも、ないですけど……」
すっと視線をそらせると、ため息をつかれた。
……だって、本当になにもないし。
「聞いてほしいなら、言え」
先生に視線を戻す。
先生がなにを言ってるのか、わかんない。
聞いてほしいって……泣いてたこと?
言いたいことなんて、ないし。
先生の行動は私にはわかんない。
「………別に、なにもないですよ? ほんとに」
胸がもやもやしてく。
でもそれがなんでなのかわかんない。
先生の視線がすごく居心地が悪い。
なんでじっと見つめてくるのか、わかんない。
「なにも、ないです」
「―――じゃぁ、いま俺にしてほしいことは?」
「え?」
「お年玉代わりに、ひとつだけ言うこと聞いてやる」
「………」
お年玉って……。
「別に、なにもないです。ていうか、さっきから意味わかんないんですけど、先生」
「お前さ」
「……なんですか」
「ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ」
「なにを? 別になにも考えてないです」
「―――わからなくなるくらい、余計なことを考えてるんだよ、お前は」
「………本当に意味がわかんないです」
先生はため息をつく。
本当に、わからない。
これが大人と子供の差なのかな?
先生は私がいったいなにを考えてるって言うんだろう。
「ショッピングモールでなんで泣いた」
「……先生には関係ないです」
「じゃあさっき、お前イライラしたろ? なんでだ」
「イライラ? して……ません」
「してたろ」
「してません」
「今は」
「してます」
反射的に言ってた。
「だって、意味がわからないです。私別になにも言ってないし、思ってないし。先生になにかしてほしいなんて思ってないし。ていうかなにもしてほしくない」
「―――」
「先生は変態エロ教師なんだから、それでいいのに」
意味分かんない。
自分がなにを言ってるのか、意味がわからない。
「じゃあ、泣いたまま家に送ればよかったか?」
「……はい。だって―――先生に優しくしてもらう理由なんてない、し。先生が私に気を使う理由もないです……」
なんでこんなところに連れてきたんだろう。
お休みなのを無理言って開けてもらって。
なにも訊かずに冷たいタオル用意して。
いつも通りの態度なのに、私に触れるのを―――躊躇って。
それが。
……イライラ、したんだ。
「………」
「………前に言ったろ? ″セフレ″にはそれなりに優しくしてやるって」
俯いた私に、先生が素っ気なく言った。
「………優しくなんて、別にいいです」
優しさなんて―――欲しくない。
先生と私は″セフレ″で。
ただ、それだけ。それだけ、なんだから……。