secret 80 Unconsciously

「トイレじゃなかったのか? 勝手に行動したら、お前迷子に―――………」
ため息混じりに先生が言う。
でも途中で途切れて、うつむく私をじっと見つめてるのがわかる。
でも、顔を上げられない。
上げたくない……。
だけど、きっと気づかれてる。
気づかれたくないのに……。
「………来い」
少し低い先生の声がして、腕を掴まれた。
痛くはないけど、しっかりと掴まれて、引きずられるようにして歩く。
私はただ唇を噛み締めて、うつむいてるだけしかできない。
しばらくして着いたところは駐車場で。
先生はなにも言わずに助手席のドアを開けると私を座らせた。
すぐにドアは閉められて―――先生が運転席に乗り込む。
車の中は外とは違って静かで。
静かすぎて、いや。
唇を噛み締めて堪えるけど、どうしようもなく声がこぼてれてまってるのがわかるから。
「なにがあった」
「―――」
「おい、実優」
ぽん、と頭に手が置かれた。
その手が暖かくって―――。
「や、だ!!」
とっさに先生の手を弾いてた。
だって。
ゆーにーちゃんも、私が泣いてたら……いつも優しく頭を撫でてくれたから。
堪え切れなくって、押さえきれなくって、我慢してたのに、もう無理で声を上げて泣いてしまう。
きっと先生はびっくりしてる。
それに、怒ってるかもしれない。
呆れてるかもしれない。
でも、涙は止まらない。
ゆーにーちゃん。
なんで、あんなこと言うの?
きっとゆーにーちゃんは″叔父″として、言ったんだと思う。
言われた瞬間、ものすごく嬉しかった。
クリスマスにもらった電話のとき以上に幸せを感じた。
″叔父″としてでもいいから、好きだって言ってほしいって思ってたから。
なのに。
嬉しい、っていう気持ちは一瞬で。
あとに残ったのは寂しさばっかりで。
優しい声で、あんなこと、言われたら―――会いたくってしょうがなくなる。
会えないのに。
″距離″はとっても、遠いのに。
3年は帰って来れないって言って海外赴任についたゆーにーちゃん。
会えないのに。
会えないのに。
なんで、傍にいないの?
なんで、愛してるって言ってくれるのなら、私を連れていってくれなかったの?
なんで。
なんで。
なんで今私のそばにいるのは―――。
「………」
エンジンがかかる音が聞こえて、車が走り出した。
先生はなにも言わない。
私は俯いているから、車がどこに向かってるかわからない。
でも、きっと帰っているんだろう。
こんなに泣いている私のことを先生は呆れてるだろうし、困ってるだろうし。
私は―――いまは先生といたくない、し。
先生は関係ないのに、口を開いたら先生に八つ当たりしちゃいそうな気がする。
ゆーにーちゃんに会わせて、なんてわがままを言っちゃいそうな気がする。
寂しくって、寂しくって―――すがりついちゃいそうな気がするから……。
だから。
だから。
私はひたすら俯いて黙って、泣いてた。




どれくらい泣いてたのかわかんない。
一時間……もしかしたらそれ以上たってるかもしれない。
その間ずっと車は走ったまま。
車内は沈黙のままだっから昂ぶってた気持ちは少し落ち着いて、涙も止まりかけてる。
ゆーにーちゃんのことを考えると涙が浮かぶけど、でも泣くのにも疲れてしまってた。
泣いても、会えないし……。
だけど顔を上げることはできなくって、だから先生の顔を見ることもできない。
空気が重くって、早く家に着かないかなって、そればっかり考えてしまう。
それからまたしばらくして、ようやく車が止まった。
エンジン音が止んで、先生が車から降りていく。
……まさか先生のマンションじゃないよね?
ふと不安になって、おそるおそる顔を上げた。
そしてびっくりした。
「………ど……こ?」
そこは私のでも先生のマンションでもない、山の中。
車の外は木々に囲まれてて、洋館がそばにある。
先生は洋館のほうに一人歩いて行ってて、私はぽかんとしてそれを見てた。
そのあと洋館から男の人が出てきて何か話してるみたいで。
しばらくして先生が車に戻ってきて、助手席のドアを開けた。
「降りろ」
久しぶりに目が合った先生。
無表情な先生。
顔を上げてられなくって俯くと、
「歩けないなら担ぐぞ」
低い声で言ってきた。
「………」
仕方なく車から降りる。
先生はまた洋館のほうに向かう。
立ち止まったままでいると先生が肩越しに私を軽くにらんできたから―――しかたなくあとをついて行った。






「すみません、急に」
「いや、いいんだよ」
洋館の中に入るとアンティークっぽいで調度品で揃えられた内装だった。
「さっき言ってたものでいいかな?」
「はい。お願いします」
先生はにこやかに男の人と喋ってる。
男の人は50歳台くらいのおじさんで、すごくいい人そうな優しい雰囲気をしてた。
「こんにちわ」
にっこりそのおじさんが私に笑いかけてきて、慌てて軽く頭を下げる。
「こんにちわ」
「―――可愛い子だね? まさか晄人が女の子を連れてくるとはね」
おじさんの言葉に先生は苦笑する。
「このことは智紀には内緒でお願いします」
「ああ、わかったよ。それじゃあ用意するから待っててくださいね」
笑いながらおじさんは先生に頷いて、そして私に向かってやっぱり優しく微笑んで言った。
用意……ってなんのだろう。それに智紀ってダレ?
「……こっちだ」
先生がちらり私を見て、歩き出した。
この場に突っ立っているわけにもいかないからついて行く。
先生は白いドアを開けて部屋に入っていって、私も続いて入って、ぽかんと足が止まった。
部屋っていうより大広間みたいなところで、一面のガラス張りになってて、テーブル席が8つある。
「………レストラン?」
先生はもう窓際の席に座って、窓の外を見ていた。
どうすればいいんだろう。
でもやっぱりしかたなく私も席についた。先生の前じゃなくって、斜め前にだけど。
ずっと沈黙で、居心地が悪い。
だけど私のせいっていうのはわかってるから、なおさら話しかけにくいし……。
ため息さえもつきにくくって、そっと吐息を吐き出した。
「―――いらっしゃい。晄人くん」
そんな重苦しい空気をとりはらうような明るい声が突然響いた。
急にだったから驚いて声のしたほうを見ると、40代半ばくらいの上品そうな女性がトレイを持って私たちのほうにやってきた。