secret 79 Unconsciously

先生のマンションを出たのは11時過ぎだった。
すぐに車は高速に乗った。
車で遠出するのなんてほんとに久しぶりで、移り変わる景色を眺めているだけでわくわくしてくる。
「お前、明日何時待ち合わせなんだ?」
高速道路なのにもかかわらずに窓を少し開けて煙草を吸ってる先生。
「えっと、1時に待ち合わせです」
「んじゃ、時間は大丈夫だな」
「……」
もしかして今日も泊まりなのかな?
いいんだけど、いつもいつも着替えがないのがいやなんだよね。
今日はこれから買うから大丈夫だろうけど。
「先生はなにか買うものあります?」
「別に」
「……すみません、付き合わせちゃって」
先生が人混みの中で買い物とか考えてみたら想像つかない。
……おぼっちゃまだし。
「あ? 慣れてるから平気」
「慣れてる?」
「ババアの買い物にたまに付き合わされるからな」
先生はちょっと眉を寄せて、心底イヤそうな顔をしてる。
「ババア……?」
「姉貴」
「あね……。ええ!? 先生、お姉さんいるんですか?」
「いる。つーか、そんな驚くことか?」
いや、いや、驚きます!
だって、先生って。
「わがまま放題だし一人っ子みたいな感じなんだもん」
思わず言っちゃって、すぐに我に返る。
先生を見るとどす黒いオーラが漂ってるし……。
「実優ちゃんはほんと素直ないい子だねぇ」
無表情なのに猫なで声の先生に、ぞっと寒気がしちゃう。
「……いえ、あの、言い間違いです! 先生はすごく優しいし、気がきくし、全然わがままでドSな俺様なんかじゃありません!!」
「………」
「………」
「わかった。実優がそんなに全縛りのSMプレイがしたいとは思ってなかったな」
「……え、えええ!?」
「心配するな。きっちり調教してやるからな?」
うっすら笑いを浮かべる先生の顔が―――悪魔に見える。
これはヤバイ、きっとヤバイ!
そう思って必死にフォローして先生のご機嫌をとって。
機嫌が直ったかな?、と思ったら先生はSMプレイについて詳細に語り始めちゃって。
それから何故か先生のAV論に発展して―――。
いい加減うんざりしたころショッピングモールに到着した。


車の外にでて、冷たい空気に触れると生き返った気がする。
ああ、なんて清々しいんだろ!
「おい、実優」
「……はい」
「なんだよ、その目」
私の冷たい眼差しに気づいたらしい先生が眉間にしわを寄せてる。
でもしょうがないよ。
1時間以上ずーっとエロ談義聞かされてた私の身にもなってほしいもん。
「別になんでもないですー」
「あっそ。昼飯先食うか?」
時間はもう1時近くになってる。
でもあんまりお腹は減ってない。
「先生、お腹すいてます?」
「まだそんなに減ってないな。先に買い物して、あとで食うか? 時間ずらしたほうが空いてるだろうしな」
すごく混雑してるショッピングモール。
いまはお昼時だから飲食店はかなり混んでるだろうな。
「そうですね。いいですか?」
「ああ」
先生と並んでお店を見て歩く。
意外に先生はちゃんと一緒に見てくれて、悩んでたりするとアドバイスをくれたりした。
やっぱり女性の扱いに慣れてるな……なんて思ってしまう。
「お前にはこっちじゃないのか」
スカートを見ていたら、黒の2段フリルでスパンコールがちりばめられたミニスカートを手渡される。
「……ミニすぎません?」
「若いんだからミニに生足が基本だろ」
「……オヤジ……」
「あ?」
「あの人カッコイイー!」
「………」
先生のにらみに、さりげなく視線を逸らしてたら、黄色い声が割り込んできた。
ちらっと声がしたほうを見ると20代前半っぽい女の人二人組が―――先生を見てる。
「………」
だけど先生はそんな声や視線に気づいてないのか、まったく気にした様子もなくって、スカートを物色しては「これは?」って訊いてくる。
「………さっきの黒のにします」
「だろ?」
ニヤっと先生が笑う。
その表情は、たしかにカッコよくって。
エロすぎていつも忘れちゃってるけど、先生はイケメンなんだって改めて実感する。
私服姿もおしゃれだし。
「でもあの隣の子、カノジョかなぁ?」
「えー、違うでしょ? だってコドモじゃない。妹とかでしょ」
「あーあ。いなかったら声かけるのにー」
………こんな変態先生に声かけたらあっという間に食べられちゃいますよ?
胸がムカムカして、そう言ってやりたくなる。
先生なんてイケメンだけど、変態でエロいんだから。
ドSだし、俺様だし、そりゃときどき優しいけど……。
それに大人だし、気がきくし、でもやっぱり俺様だけど。
どうせ私は子供だし、先生の隣にいて、釣り合うわけないけど―――……。
「おい、どうした?」
人混みに酔ったか?、って、先生が顔を覗きこんでくる。
「……なんでもないです。やっぱりこれ、買いません。私……トイレ行ってきます。先生は煙草でも吸っててください」
意味がわかんない考えが頭の中でごちゃごちゃ絡みあってて、イライラする。
私は早口で言うと、先生の返事も聞かずにお店を飛び出してた。
早歩きでトイレがどこかもわからないのに、っていうか別にトイレに行きたかったわけじゃないけど、歩き続ける。
モールの端っこのほうまで気づけば来てて、休憩スペースがあったからその中のソファーに腰を下ろした。
ため息が出てくる。
私こんなところで何してるんだろう。
来なきゃよかったな。
先生のマンションで寝正月のほうがよかったな。
ていうか、妹なんかじゃないし。
―――………。
pipipipi。
突然携帯が鳴りだしてビクッとしちゃう。
あれ、私いま何考えてたっけ?
首を傾げながら携帯を取り出して、手が止まった。
鳴り続ける携帯の受話ボタンを―――少しして押す。
「………ゆーにーちゃん」
『実優。いま、大丈夫?』
優しい声。
それだけで、体中の力が抜けて、ホッとする。
「うん。どうしたの? なんだか騒がしいね?」
携帯越しに、英語で笑い合っている会話なんかが聞こえてくる。
『年越し、一緒にしようっていっただだろ? こっちはもうあと1分で年越しだよ。まだホームパーティの最中で、それで騒がしいんだ』
「あ、そっか」
ゆーにーちゃんのところはまだ新年じゃないんだ。
『実優―――』
「なに…?」
『うん……。今朝……あ、昨日の電話のことだけど……』
「………」
『″距離″とか関係なく……』
「………」
ゆーにーちゃんの声の周りで、カウントダウンが始まってるのが聞こえてくる。
10………7……5…3、2、1―――。

『―――愛してるよ』

HAPPY NEW YEAR!―――陽気な声がたくさん遠くで叫ばれてて。
その中で、ゆーにーちゃんの言葉が静かに響いてきた。
「………」
『………あけましておめでとう、実優』
「………おめ……で、とっ……。ゆーにーちゃん……」
『……じゃあ、短いけど切るよ。周りがうるさくってね。また、かけるから』
「……う、ん」
おやすみ―――。
向こうはいま夜だから、そう言って切った。
ゆーにーちゃんと繋がっていた携帯が切れて、ぎゅっと握りしめる。
「……っ……」
熱い。
目の奥が熱くって、どうしようもない。
「―――おい」
家族連れやカップル、友達同士。
楽しそうなまわりの喧噪から離れて、一人になりたい。
そう思ったのに、グイッと肩が掴まれて。

――――今一番、聴きたくない声が、した。