secret 73 Unconsciously

「……せ、せんせっ。もう……ダメです……っ!」
「ああ? まだイケるだろ?」
「やぁ……っ!!」
「ほらほら、ちゃんと動かせよ」
「……んっ……」
「ほんとうはもっと欲しいんだろ?」
先生は完全ドSモードで、むぐっ、と私の口の中に熱いモノを押し込んできた。
「……んっ、ぐっ……」
涙目になって首を振って、口の中の熱いモノを必死で―――飲みこんで。
私は………テーブルに突っ伏した。
「もー……無理!!!」
テーブルに額を擦りつけながら首を横に振る。
「んだよ、根性ねーな」
ちっ、と舌打ちをしてため息をつくのは私の隣に座ってる先生。
「根性とかの問題じゃないですっ!!! モノには限度ってものがありますっ! もーいや!!」
「しょうがねーなぁ。お前ならイケると思ったんだけど」
しみじみ呟く先生に、そんなわけないだろ!と心の中で突っ込みながら、私は少しだけ顔をあげてテーブルの上を見た。
そこには―――いったい何人前あるんだろうってくらいの……料理の山。
いったいなんのパーティですか?って言いたくなる豪華な料理。
ロブスターに、ローストビーフに、白身魚のムニエルに、サラダに、パンに、ミネストローネに……ほかいろいろが所せましとテーブルに乗せられてる。
40分前、先生のマンションに着いた私を出迎えてたのは異様な営業スマイルを浮かべた先生と、この料理たちだった。
そして先生から告げられたご命令は―――『食え』の一言。
それから頑張って食べてたんだけど……、そんな大食じゃないから限界なんてすぐきちゃって。
でも先生は『食え』『食うんだ』『お前ならイケる』とか勝手なことばっかり言って、私の口の中に無理やり食べ物を詰め込んできてた。
でももうそれも限界超えての限界で。
――――匂い嗅いだだけで吐きそう。
「………いらないって言えばよかったじゃないですかぁ」
「しょーがねーだろ。今日帰らない理由にここでホームパーティするって言ったら持ってきたんだから」
この料理は全部先生のご実家の家政婦さんがわざわざ作って持ってきてくれたものらしい。
それも先生がいま言ったとおりに″ホームパーティ″のためにだから、量がはんぱなくって。
「……とりあえずタッパーに移し替えて……冷蔵庫に入れておきましょう。明日1日あれば食べきれるんじゃないですか……?」
「明日はおせちだ。雑煮の用意も、おせちも置いて帰ってったからな」
「…………」
「ま、がんばれよ」
ポン、と先生が私の肩に手を置く。
「………はぁ!?」
「あとはお前に任せた」
「ちょっと先生? それじゃまるで私、泊まり―――」
「どうせ暇だろ」
片手で頬杖ついて、私のほうを見ながらニヤッと笑う先生。
「………どーせ暇人ですよ」
「ま、ソファーで横になって胃を休めてやれ。料理の片づけは俺がしておくから」
ふっと私の頭を軽く撫でるように叩いて、先生はキッチンに入っていった。
私は先生の提案どおりに、ソファーに行って倒れ込んだ。
レザークッションを抱きこんで、食べ過ぎのせいでだるくって目を閉じた。
カチャカチャって食器の擦れる音が響いてくる。
ここは私の部屋じゃなくって、先生の部屋だけど―――、自分以外の誰かが生活しているっていう音がするのがちょっとホッとする。
部屋には先生の煙草の匂いも染みついてて。
それにも……どうしてかホッとして、食後の睡魔に襲われた私はゆっくりまどろんでいった。





「……んー……」
寝がえりを打とうとして、ふと目が覚めた。
ぼんやり瞼を上げると途端に目に入ってきたのは先生の顔。
ソファーでいつのまにか眠ってたらしい私のそばで先生が上から私をじーっと眺めてる。
「……お、おは……ようございます?」
とりあえず言ってみた。
先生は眉間にしわを寄せ、
「あ? 寝ぼけてるのか? まだ10時だぞ」
って先生は隣のソファーに座りなおした。
……それじゃあ1時間くらい寝ちゃってたのかな?
先生はテレビのリモコンを操作しながらワインを飲んでる。
テレビに何気なく視線を向けると、DVDの映画だった。
「……先生。もしかしていまからこれ見るんですか?」
「そーだけど?」
「ええ!? 今日大晦日ですよ!?」
「……だからなんだよ」
「大晦日特番見ましょうよー!!」
「……却下」
「ええ!?」
「………」
「……じゃあ、せめて11時45分になったら普通にテレビ見せてください! ゆく年くる年は毎年欠かさずに見てるので!!!」
「……年よりくせーな……」
「いいですよね!?」
「わかった」
先生がようやく頷いてくれて、とりあえず一安心して私も映画を見始めた。
……あれ? ていうか、なんで私こんなに普通に過ごしちゃってるんだろう……?
一瞬クリスマスの日のことが思い浮かんで、自然と先生と一緒にいることが不思議に思える。
「なんか飲むか? 適当に飲んでいいぞ」
「は、はい。………私もワイン飲んでいいですか?」
今日は大晦日だし。
それになんとなく飲みたい気分でそう言ったら、先生が不思議そうに見てくる。
「お前飲めるのか?」
「んー……。たぶん?」
ほら、と先生が自分のワイングラスを私に渡してきたので、ちょっとだけ飲んでみた。
「………」
うっときて、黙り込んじゃう。
ワイン初めて飲んだけど……私にはまだハードル高かったかな。
「……ちょっと待ってろ」
先生はため息をつくと映画を一時停止させるてキッチンに向かった。そしてトレイにグラスやお酒なんかを乗せて戻ってきた。
「紅茶の梅酒だ。ソーダで割れば飲めるだろ」
グラスに氷を入れて梅酒のソーダ割りを手際よく作ってくれる。
「紅茶? ……ありがとうございます」
グラスを受け取って一口飲んでみる。梅酒なんだけど紅茶の風味があって、すごく飲みやすい。
「美味しい!」
「そりゃよかった。ま、他にも酒はあるから、適当に飲め」
「はい。……って、いいんですか? 教師がそんなこと言って」
「俺んちにいるときは俺が一番偉いんだから、いいんだ」
「………さすが俺様……」
「あ?」
「……いえ」
先生のにらみから視線を逸らして、お酒を飲む。そしてまた映画を見始めた。
映画は……ホラー映画だった。
なんでよりによって大晦日にこんなの見なきゃいけないんだろう!?
そう思うけど、先生はすっごく集中して見てるから声をかけれなくって。
だから怖さを誤魔化すようにひたすらお酒を飲んでしまってた。
紅茶の梅酒にもちょっと飽きてきて、キッチンで物色する。
オレンジのリキュールと、なんかよくわかんないリキュールとかいろいろ味見しながら混ぜてみてたら、なかなか美味しくなって、それを飲んで。
キッチンからソファーに戻ってみたら、映画はちょうど佳境らしくってやたらめったらグロくて、怖くって……。
ぎゅっとクッションを抱きしめながら、ひたすらお酒を飲んでたら―――。
ぐらっ、と世界が一回転どころか二転、三転するくらいにくるくる目がまわって。
そして私はバタンとソファに倒れ込んでしまってた。