secret 72 Unconsciously

一年最後の日、大晦日。
私の携帯が鳴ったのは夜の7時過ぎだった。
『実優』
聞こえてきた優しい声は―――ゆーにーちゃん。
『そっちはもう新年まであと少しだね』
「うん。ゆーにーちゃんのところは?」
えっと時差が……、うーんと。
『こっちは5時だよ。朝のね』
「あ、そっか。早起きだね? あ、おはよう!?」
受話器の向こう側で、ゆーにーちゃんの笑う声が響く。
『おはよう、実優。仕事関係の人と朝まで飲んでいたんだ。ちょっと飲み過ぎたな』
少し笑ってるゆーにーちゃんの声は魔法の声みたい。
甘くって、私の思考を溶かしてく。
『日本で日付が変わる瞬間に、実優に電話したかったんだけど。用事が合ってできそうにないんだ』
「そうなんだ」
『初めてだね、離れて……年を越すのは』
「……うん」
ずっと、一緒だった。
私と、ゆーにーちゃんはずっと一緒だった。
私が生まれた時から―――ずっと。
私とゆーにーちゃんと、パパとママとで一つの家族で。
12歳違いのゆーにーちゃんは、私にとって叔父さんで、お兄ちゃんで。
パパとママが居なくなってからは、パパの代わりで。
小さい頃はよく『ゆーにーちゃんのお嫁さんになる』なんて言ってたけど―――。
中学生に入って、二年になって、三年になって、どんどんそんな昔の他愛なく言ってた言葉なんて言えないくらいに好きになってた。
血のつながりのある、叔父だけど。
『今は家? 今日は……出掛けてないの?』
「………出かけてないよ。テレビ見てるよ、たくさん」
『ドラ○もんスペシャルとか?』
「うん、そう!」
『………一緒に、過ごすような人は……いないのか?』
「………なんで?」
『………いや』
「………ゆーにーちゃんは?」
『………』
「いるんだ?」
『……大晦日は知り合いのホームパーティに呼ばれてるだけだよ』
「……そっか。ねぇ……ゆーにーちゃん」
『なに?』
「……しばらく距離を置いた後って……前みたいにもとに戻るの?」
『………』
「ゆーにーちゃん。会いたいよ。また前みたいに、ゆーにーちゃんの特別になりたい……」
『………』
「だめ、なの?」
『………』
「なんで……黙ってるの?」
『実優。俺は―――……』
「……ゆーにーちゃん。楽しい年越しをしてね」
『………ああ』
――――最後の最後で、逃げてしまう私。
自分から切り出したくせに、決定打をつきつけられるのが怖くって、逃げちゃう臆病者。
『こっちでカウントダウンが始まった頃……、また電話するから。実優はもう新年迎えているけど、一緒に年越ししよう?』
「―――うん」
ゆーにーちゃんは″叔父″さんで。
私のたった一人の″家族″で。
一番近しい人なのに。
いまは―――、一番遠く感じる。
ゆーにーちゃんの優しさが嬉しいのに、寂しい。
「じゃあ……またあとでね?」
『ああ。また……』
いつもなら幸せで楽しいはずのゆーにーちゃんからの電話なのに。
今年最後のゆーにーちゃんとの電話なのに。
切った電話が、ツーツーって音を発しているのが、妙に空しく感じた。
「……私のバカ」
深いため息をついて、ソファーのクッションに顔をうずめる。
私だけしかいないリビングにはテレビからの楽しそうなドラ○もんやの○太の声が響いてて。
一人でも平気って思ってた大晦日の夜が急に寂しくってしょうがなくなってた。
そんなとき、また携帯が鳴りだした。
私は誰からかも見ずに携帯に出て―――。
『おい。今から来い』
俺様な、その声に……出たことを後悔した。
「イヤです」
『ああ? お前、俺からの命令を無視する気か』
……命令って。私は部下ですか!?
ああー、憂鬱な気分だったのが、だんだんイライラしたものに変わっていく。
「今は先生の遊びに付き合ってる気分じゃないんです!!」
『いいんだな?』
「なにがですか!」
『来なかったら、この次会った時、強制的にソフトじゃねー、全縛りのSMしかけるぞ?』
「………」
『実優ちゃん? 四の五の言わずに、とっとと来い! あ、タクシーで来いよ? 金は立て替えとけ、あとで返すから。んじゃな』
「ちょっと、せんせ―――!!!!」
待って、って叫ぼうとしたのに、電話はもう切られてた。
「な、なんなの!? あの俺様淫行教師!!」
相変わらずいきなりな俺様すぎる先生に、苛立ちそのままに携帯を一人掛けのソファーに投げつけた。
ぼふっとクッションに当たって、倒れる携帯。
「絶対、行かないもん!」
悪態ついてると携帯がメールの受信を知らせて。
一瞬迷ったけど、確認して―――すぐに後悔した。
画像添付付きのメールは先生からで……。
『参考例に。亀甲縛り』
「………」
添付されてた画像は、亀甲縛りとやらをされた女性の姿で。
ぞぞぞぞ、と激しく身の危険を察して―――30分後タクシーに乗り込んでしまってた。