secret 68 恋、想い

息が苦しくって目が覚めた。
「んっ」
目を開けると、目の前には……肌?
っていうか、なにがなんだかわかんない。
ぎゅぎゅーって抱きしめられてる状態で、私の唇が塞がるくらいに胸元に押し付けられてるから苦しかったんだ、ってことが少し考えてようやくわかった。
動けないぐらいにがっちり先生の手が私の身体に回ってて、こんなきつい拘束の中でよく寝れたなぁなんて人ごとのように思っちゃう。
でも、もう目が覚めちゃって、とりあえず苦しい!
なんとか先生の腕の中から出れないかなと身じろぎしてみる。
「………なんだよ」
低い先生の掠れた声が頭上で聞こえてきた。
「先生。起きました? あの、ちょっと苦しいんで少し腕の力弱めてもらえます?」
「……あ? 俺はまだ眠いんだよ」
不機嫌さを隠しもせずに、先生はやっぱり低い声で言うと、弱めるどころかさらに強く抱きしめてくる。
「……せ、せんせっ! ギブギブ!!!」
苦しいっていうか、もう痛いくらいだよ!
「あー、もうウルセーな」
ぶつぶつ言いながら先生は私を解放してくれた。
ほっとして起き上がる。
先生は本当に眠いみたいで、私が出ていった部分のシーツを引きずりよせて目をつむってる。
とりあえず………放っておこう。
うん、そうしよう。
私は先生を置いてベッドルームから出た。
カーテンが開きっぱなしだったリビングには太陽の光が部屋いっぱいにさしこんでる。
時計を見てみると午前10時。
………チェックアウトって何時なのかな?
だいたい10時とか11時とかだよね??
大丈夫なのかな。
ちょっと心配だったから、もう一回ベッドルームに戻って先生に訊いてみた。
「先生! チェックアウトって何時ですか!?」
「………あ?」
目も開けずに、それだけの返事。
「あ?、じゃなくって!!」
「……俺が部屋を出た時がチェックアウトの時間だ。いつでもいいよ」
「………じゃぁゆっくりしてて大丈夫なんですね?」
「………」
「………」
返事はなさそうだったから、ため息をついてリビングに戻ろうとした。
「おい……」
「はい?」
「ルームサービスで朝食頼んどけ」
「ええ?」
「フロントに電話すりゃいい。言えばわかるから」
「はい……」
ルームサービスなんてとったことないよー!
でもお腹は空いてるし、食べたいから……緊張しながらフロントに電話して朝食を注文した。
先生はよくこのホテルを利用しているのか、朝食は″いつものように″お持ちします、な感じだった。

それから20分ほどして、朝食が運ばれてきた。
プレーンオムレツにベーコンにソーセージにサラダにヨーグルトにフルーツの盛り合わせにコーヒーとグレープフルーツジュースと………パンが5種類くらい。
それが何故か3人前。
「………多すぎじゃない? 誰が食べるの、これ」
手際良くホテルマンさんがテーブルに朝食を並べて出て行った。
私がそのメニュー内容をぽかんとして見てると、
「俺が食うにきまってるだろ」
先生の声がした。
振り向くと、ようやく起きたらしい先生が、でも眠たそうに欠伸をしながら髪をかきあげてテーブルのほうに歩いてくる。
「食うぞ」
席についた先生がさっそくフォークを手に取ったから、私もイスに座って目の前の料理を見渡した。
「先生……なんで三人前?」
「朝ごはんは大事だぞ?」
「私オムレツとパンくらいでいいかも」
「大丈夫だ、お前の胃袋なら」
「………」
そりゃぁ昨日はさんざん食べまくっちゃったけど!
私そんなに大食いじゃないんですよ?
心の中でぶつぶつ文句を言いながら、オムレツを食べてみた。
「お、おいしー!! ふわふわふわー!! 先生! めちゃくちゃふわふわふわー!ですよ!?」
いままで食べたオムレツの中でベスト1になっちゃうくらいとろとろふわふわなオムレツに思わずテンションが上がっちゃう。
そしたら先生がぶっと吹き出した。
「なんだよ、ふわふわふわーって。ふわふわでいいだろ」
「ふわふわよりもふわふわだからふわふわふわーなんですよ!」
「はいはい。よかったね? 実優ちゃん」
にっこりバカにしたように笑う先生。
私はムッと唇を尖らせて、つんと顔を背ける。
「ほら。ふわふわふわーなオムレツ食べろ」
先生がオムレツをフォークにとって、私の口元にさし出してくる。
先生の笑みはやっぱり意地悪で―――でも、ちょっと優しく感じたから黙って口を開いてオムレツを食べた。
「……ふわふわふわーですよ、やっぱり」
「はいはいはいはい〜」
「………」
優しい、なんて勘違いだったみたい。
私はまた口をとがらせながら、パンにかじりついて―――焼き立てだったらしいパンの美味しさに、またテンションが上がっていった。
そうして結局……。
残っちゃうじゃないかなって心配だった朝食は綺麗に平らげられてた。
もちろん先生が2人前で私が1人前だけど。

満腹になって、ソファーでごろごろテレビ見て、朝風呂して―――チェックアウトをしたのは午後1時を過ぎた頃だった。