secret 69 恋、想い

ホテルの代金は先生が払ってくれた。
いくらかはわかんないけど、きっとすごく高いんだろうな。
いいのかなって思ったけど、先生は「俺が来たかっただけだ」って言って、値段のことはなにも言わずにカードで決済してた。
それもちらり見えたのはゴールドカード……。
先生ってほんとにおぼっちゃまなんだなぁ。
私なんかとは住む世界が違うっぽい。
こんな高級ホテルにいても違和感のない先生と―――ただの女子高生の私なんて。

………あれ?

なんか今……なんで、私自分のこと見下すみたいなこと……思ったんだろう?
「―――おい。実優」
首を傾げる私のそばに支払いを終えた先生が並ぶ。
「行くぞ」
「あ、はい」
ずんずんホテルを出て行く先生の後を追う。
ホテルを出ると、先生の車が前に停めてあって、先生はホテルマンさんに軽くお礼をいうと運転席に乗り込んでいた。
私もあわてて助手席に乗って―――車は走り出した。
「先生、ありがとうございました」
前を見て運転してる先生には見えないだろうけど、頭を下げてお礼を言う。
「なにが」
「えっと、あんな素敵なお部屋に泊まらせてもらったから」
「え? タダって言ったっけ?」
「……さっき『俺が来たかっただけだ』なんて言ってたはずですけど……」
「そうだったか? まーいいや。とりあえず礼よりも今度実優のご奉仕に期待しとく」
ちらり私を見てニヤって笑う先生。
「………」
ご奉仕……って。
「……先生はやっぱり変態エロ教師だった」
ため息をつきながら呟く。
「あ?」
ギロッとにらまれたから、作り笑顔を返した。
「なんでもないですー。先生ってイケメンだなぁって思っただけです」
「周知の事実だろ」
「………」
またため息をついてみた。
でも、内心ちょっとホッとしてる。
昨日の夜の先生はいつもと違いすぎてたから―――。
だから、今日いまこうしていつもと変わらないエロくて俺様な先生のほうが安心できる。
「どこか寄りたいところあるか? それとも帰るか?」
「……今日は帰ります」
「わかった」
もう2日も帰ってないってことに気づく。
今年のクリスマスはなんかすごく濃かったな……。
和くんと捺くんのことが思い浮かんで―――ちょっと、胸の奥が苦しくなった。
ジーってそのとき小さな機械音がして、見てみると先生が窓を開けて煙草を吸い始めるところだった。
煙草の箱を指でトントンと叩き一本出てきたのを口に咥える先生。
そして箱を仕舞おうとしてるのを―――、
「先生! 煙草!」
って、止めてた。
「なんだよ、びっくりするだろ」
ちょっと驚いたように私を横目に見る。
「あ、ごめんなさい」
「いいよ。それで? 煙草がどうした?」
「その箱、見ていいですか? 珍しいですね?」
煙草の種類なんてわからないけど、自販機では見かけないような気がする。
赤茶色のパッケージの煙草を先生が渡してくれて、眺める。
「そうか?」
「ダ………なんて読むんですか?」
火をつけながら、先生が小さく笑った。
「ダビドフ・クラシックだよ。俺的には一番好きかな」
「へぇ」
くんくんと匂いを嗅いでみる。
なんだかいい香り。ちょっと紅茶みたいな……?
「未成年の喫煙は法律で禁じられています」
じーっと煙草を眺めてたら、先生が笑いながら言ってくる。
「吸いませんよー! ただなんだかいい匂いだなぁって思っただけです」
「吸うなよ? 俺あんまりタバコ吸う女ダメ」
「そうなんですか? 意外」
「意外ってなんだ」
「そのまんまですけど……。―――あの先生」
「ん?」
「あの……吸わないから、その……この煙草もらってもいいですか?」
「は?」
先生が不思議そうにしてる。
でも―――私だって、不思議だ。
なんでこんなこと言ってしまったんだろうって。
「えっと、あの、なんかいい香りだから。なんとなく。………だめですよね?」
箱の中にはあと5、6本くらい入ってる。
先生は窓の外に煙を吐き出しながら、「別にいいけど」と呟いた。
「でも絶対吸うなよ?」
「大丈夫です! 吸いません!」
「それならいいけど……」
車が赤信号で停まる。
先生がシートにもたれ、私を見る。
目が合って―――、先生の手がすっと伸びてきたかと思うと、後頭部を引き寄せられた。
そしてキス。
「……んっ」
先生の舌が私の唇を割って入ってきて、同時に煙草の香りとほのかな苦みなんかも一緒に口内に充満する。
「……っ……ん」
触れるだけだった深夜のキスとは違う、濃厚なキスに頭がくらくらしてくる。
絡まる舌に、舌を絡めて。
「――――こういう味」
離れて行った先生が目を細めて言った。
「………なる……ほど」
大通りの車道で。
日中なのに―――キスしてきた先生に怒る気持ちなんて全然わかなくって。
私はただちょっとだけ息をあげてそう返事するしかできなかった。
それから青信号になり車は走りだして―――、30分後私のマンションの前に停まった。

「じゃーな」
軽く手をあげて車を発進させる先生に、軽く手を振って、車を見送る。
そしてマンションに入って―――部屋に入って―――。
自分のベッドにダイブして―――手に持ったままだった煙草の箱を眺めた。
ほんの微かに漂ってくる香りに、なんでだかちょっとだけ安心した。