secret 58 恋、想い

「しつこい。ていうか、ウルサイ。朝っぱらからやってきてなんなんだよ」
うんざりしたような捺くんの声。
「お前がきのう先に帰ったからだろう」
「実優ちゃんが具合悪そうだったから送っていっただけだろ」
……ていうことは、私は絶対に見つからないようにしてたほうがいいよね。
まず見つかりたくもないけど。
「送っていっただけだな?」
「そうじゃないって言ったらなんなんだよ」
和くんの問い詰めに、やっぱりうんざりと、そして呆れたように捺くんが返す。
声だけしか聞こえない状況。2人の表情は見えないけど、緊迫した空気が漂っている感じはする。
「……お前」
低くなった和くんの声。
ちょっと凄味を帯びたその声に、胸が苦しくなってしまう。
「仮に、なにかあったとしてさ。和になんか関係あるわけ?」
ないよね?
って、捺くんは笑った。
「……あるよ」
だけど低い声のまま和くんが言って、沈黙になった。
私は床に座り込んで、膝を抱えて顔を伏せた。
私のせいで幼馴染な2人が揉めていると思うと、哀しくてたまらない。
「お前だって気付いてんだろ。俺が実優のことを―――好きって」
「……だから、なに? 和はさ、実優ちゃんに告白したの? オレはちゃんと言ってるよ?」
「言った、好きだって」
「……あっそう」
沈黙になるたびに、胃がキリキリしてしまう。
2人の会話から、その気持ちが、本気なんだって伝わってくるから。
「だから、俺にも知る権利はある」
「んなのに権利とかあるの? んじゃ、オレも訊くけど、前さ実優ちゃんがお前のこと追って行った日があっただろ?」
びくんって肩が震えてしまう。
それって、捺くんがいつも気にしてた、あの日の5時限目のことだよね……。
「あの日さ、なんかあっただろ?」
「………何もねーよ」
「………それじゃ、オレだってなにもない」
「捺」
「なんだよ」
「実優が仮にお前のことを好きになったらそれはしょうがねー。でも、今もこれからも実優を傷つけるようなことはすんじゃねーぞ」
「………」
和くんの言葉に。
涙がぽろりこぼれてしまった。

ああ―――。
なんで、私ここにいるんだろ。
なんで、流されちゃったんだろ。
2人の気持ちには答えられないのに。
私が好きなのは―――ゆーにーちゃんだけなのに。

「俺が言いたいのはそれだけだ。……今日は帰る」
和くんの言葉とともに足音が響いてきて、私は慌てて死角となる位置に隠れた。
和くんの姿が少し見えて、そのあとすこしして捺くんもまた玄関のほうに行く。
玄関先で少し話している様子だったけど、声はもう聞こえてこなかった。
しばらくしてバタンってドアが閉まる音が響いてきた。
「実優ちゃん」
顔を伏せたままの私に、捺くんの優しい声がかかる。
「………捺くん、私……」
「ごめんね、無理やりシちゃったこと。傷つけたよね?」
お酒が入ってて、隙を見せた私にだって責任ある。
だから首を横に振った。
「いまさらだけど、謝るね。でも、実優ちゃんにも和にも悪いけど、オレ後悔してないから」
そっと捺くんの手が私の頬に触れて、撫でる。
「実優ちゃんと知り合ってまだちょっとしか経ってないけど、マジで大好きなんだもん。ずっと抱きたかった、実優ちゃんを傷つけても。自己満足でも」
半笑いの、でも切なさそうな声に、そっと捺くんを見上げた。
目が合って。
また、涙がこぼれた。
捺くんの気持ちがすごくよく理解できて。
好きで、たまらない、って眼をして私のことを見つめてる捺くん。
好きで、好きで。
たとえ相手が自分を想ってなかったとしても。
好きなんだって。
そしてそれは私もゆーにーちゃんに対してそうだから。
だから、心が痛い。
捺くんと和くんの想いが痛い。
わかりすぎるほど、わかるから、苦しい。
「許してなんてことは言わない。だってこれからも攻めまくるしね?」
小さく悪戯っぽく笑う捺くんに、私もぎこちなく微笑み返す。
「ほんと自分勝手だけどさ、実優ちゃんのこと傷つけたかもだけどさ……、マジでオレのこと嫌いじゃなかったら、傍にいさせて? これからも頑張らせて?」
「………」
捺くんが私を抱き寄せる。
それを拒否することもないで、なにも返事をすることもできない最悪な私。
抱き締める、じゃなくって腕の中に留めるだけのように優しく私のことを抱く捺くん。
「……捺くん」
「うん?」
「和くんと……仲良くしてね。喧嘩はしないで……」
なにも答えもしなくって、そんなことを言ってしまう。
でも、2人に向けられる気持ちと同じくらいに、2人の関係が歪んじゃうのが怖かった。
「大丈夫だよ。まぁ、ライバルだけど。でも和は親友だから」
「……よかった」
「優しいね、実優ちゃんは」
「違う……よ……。ただ―――」
ただ―――。
その先は言えなかった。
喉の奥につかえてしまったように、言葉は出てくれなかった。
「和とも仲良くする。だから実優ちゃんとも仲良くする! ね、これでいいでしょ?」
重い空気をとりはらうように、捺くんが私の顔を覗きこんでいつものように明るい笑顔で笑った。
「―――うん」
だから、私も笑顔で返した。

ごめんね、捺くん。
ごめんね、和くん。

でも、ともだちでいて?


ごめんね―――。