secret 53 クリスマスパーティ・イブの夜

「な、捺くん!」
「うん?」
「捺くんのお家って!?」
「ああ、心配しないで大丈夫。オレんち今日誰もいないから」
「そういう問題じゃ――――」
なくって、って言おうとしたけど。
そういう問題だってことに気付いた。
誰もいないっていうことは……ふ、ふたりっきり!?
「な、なんで?!」
「え? なにが?ああ、オレ間違って自分ち運転手さんに言っちゃってさ。家に着いてから、実優ちゃんに家の場所訊かなきゃいけなかったって気付いちゃったよ」
にっこり爽やかスマイルな捺くん。
あっけらかんと言ったけど、言ったけど……ほんとうに間違って?なの?って、思っちゃう。
だって、どことなく楽しそうで嬉しそうなんだもん。
ていうか、私お持ち帰りされた、とか?
「な、捺くんっ!」
「んー? なに? あんまり叫んでるとまた具合わるくなるよ?」
言いながら捺くんは二階に上がっていく。
そう一軒家。改めて私が住んでるマンションじゃないってことを実感する。
捺くんは捺くんのお部屋らしい8畳くらいはありそうな部屋に入った。
散らかってはいないけど、すごーく綺麗ってわけでもない雑然とした男の子って感じのお部屋。
モノトーン調で整えられてて、壁にはロックバンドのポスターなんかが貼ってあったりする。
そして壁際に置かれたシングルベッドの上に、私を下した。
捺くんがじっと見つめてくる。
でもお酒のせいか身体がだるくって、身動きできなくって。
緊張してたらふっと捺くんが笑った。
「お水持ってきてあげるから、寝てていいよ?」
そう言って部屋から出て行った。
それからすぐに戻ってきた捺くんは私にペットボトルのミネラルウォーターを渡して、
「お風呂入ってくるね」
と、また出ていってしまった。
家に帰る、って言わなきゃいけなかったのに。
言う暇もなくって……。
仕方なくってミネラルウォーターを飲んで、目を閉じてたらまたまどろんじゃっていた。



ふわふわと前髪をかきあげるように触られてるのを感じた。
なんだろうって思って、ぼんやり瞼をあげた。
かすんだ視界に映ったのは
「……な……つ…くん?」
ベッドの端に腰かけて、色っぽい眼で私を眺めてた捺くんだった。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……ううん」
「実優ちゃんの寝顔が可愛いから、ずーっと見ちゃったよ」
「……え」
は、恥ずかしいんですけど!!
「気分はどう?」
「……う、うん。えっと具合は悪くないけど……まだクラクラドキドキする……」
お店にいたときよりは落ち着いてるけど、まだ頭がぼうっとするくらいには身体も熱い。
「そっか。具合悪くないならよかった。ね、実優ちゃん」
「なに?」
「遅くなったんだけど、これ。プレゼント」
ラッピングされた箱がちょこんと枕元に置かれた。
「プレゼント?」
「うん。二人っきりになったときに渡したくってさ」
はにかむ捺くん。
私は身体を起こして、ラッピングされた箱を手に取った。
ほんのちょっと重みがあって、なにかなって思いながら開封する。
中から出てきたのは香水だった。
「つけてみていい!?」
自分の香水をまだ持ってなかったから、嬉しくってしかたない。
「香り気に入ってもらえればいいけど。あ、でもちょっとだけにしてたほうがいいよ? いま酔ってるし、匂いで具合悪くなるかもでしょ」
「う、うん。わかった」
捺くんの気遣いに、笑顔で返しながら、そっと香水を手首につけた。
ふわっとやわらかい甘くてフルーティな香りが漂ってくる。
「……いい香り! なんだか美味しそうな感じ!」
「気に入った?」
「うん!」
「実優ちゃんにぴったりだなーって思ったんだ。美味しそうな匂い」
「私って美味しそうなの?」
単純に冗談って受け取った私はクスクス笑ってた。
でも、急にとんって肩を押された。
あんまり力が入らない私の身体はベッドに逆戻り。
そして、
「うん。美味しそう。だってオレいつだって食べたいもん。実優ちゃんのこと」
満面の、可愛らしい笑顔。
でも私の身体を囲むように覆いかぶさってきた捺くんはやっぱり―――狼だった模様……。
「な、捺くん。残念だけど、私食べ物じゃないよ? 食べちゃったら食中毒起こしちゃうかも」
通じるかはわからないけど、この状況を切り抜けようと思って口を開いた。
でも自分でもよくわからない説明に、捺くんが納得するはずもなくって、逆に乗ってくる。
「実優ちゃんは食べ物だよ。すごい美味しそうだもん。いい匂いもするし」
いや、それは捺くんがくれた香水のせいだし!
否定するように首を横に振ってみた。
だけど捺くんはおかしそうに笑う。
「イヤなの? 食べられるの」
「い、いやに決まってるよ!」
「でも今日イブだよ?」
「うん?」
「イブってさ、恋人同士がお互いを味わう日でしょ?」
「………」
なんだろう……。
昼間どこかのエロ教師も似たようなことを言ってた気がする。
思わず眉を寄せて、捺くんを見つめる。
捺くんにとって私のその行動は油断だったみたいで―――キスしてきた。