secret 41 終業式と保健室

携帯が震えたのは終業式の最中だった。
校長先生のながーいお話の最中に私のポケットでぶるぶる震えた携帯。
みんなあくびをしてたりたまにひそひそおしゃべりしてたりするから私はそっと携帯を見た。
メール受信1件。
「………」
開いて読んだメールに、ちらり教師席のほうを見る。
でも私の席からは遠くて、どこにいるかわからない。
いま、メールを送ってきた松原先生の姿は。
………終業式にメールなんて、教師がしてていいのかな?
ほんとーに不思議でしょうがない。
真面目教師で通ってるなんて嘘なんじゃないだろうか。
そんなエセ真面目教師が送ってきたメールには
『放課後、保健室。制服も』
とだけ、書かれてた。
保健室?
なんで?
きのうの制服を持ってくるようにっていう指示といい。
怪しすぎる!!!
っていうか、帰りは捺くん、それに和くんも一緒に帰ると思うし無理、だよね。
残念です、先生。
まったく残念なんて思ってないけど、とりあえず先生には心の中で謝っておいた。
断りのメールはあとで入れておこう。
そう、思ってたのに。
「橘さん、ちょっといい?」
終業式も終わって、ホームルームも全部終わって。
あとは帰るだけで、帰る準備をしていたときに担任に声をかけられた。
「はい」
担任の女教師のところに行くと、
「橘さん、悪いんだけどこのあとちょっと時間いいかしら? 転入手続きの件で不備があったの。それで確認したいから、職員室に来てもらっていい?」
転入手続き?
もう転入してきて2週間もたってるのに、って思うけどしょうがない。
「実優、なんだって?」
七香ちゃんが帰る準備万端で訊いてきた。
そばには和くんも、捺くんもいる。
「うん、ちょっと転入手続きのことでなんか職員室に行かなきゃいけないみたい」
「ふーん」
「先、帰ってていいよ」
そんなに時間かからないとは思うけど、待たせるの悪いし。
「えー、いいよ。待ってる!」
「ああ。待ってるよ」
捺くんが言って、和くんも同意してくれる。
「でも待たせたくないし。それに今日はまた夜に会えるし! 先に帰ってて」
ね?と笑いかけると捺くんたちは顔を見合わせてしぶしぶ頷いた。
それからみんなと別れて職員室に向かった。
すぐ帰れるように鞄も制服の入った袋も持って。
職員室につくと担任のもとへ行ったら担任は―――とんでもないことを言いだした。
「ごめんなさい、橘さん。私これから急用ですぐに学校を出なくちゃならなくなったの。
それでね、書類なんだけど、松原先生に預けてるから。松原先生のところに行ってもらっていいかしら。
そうそう、なんだか頭痛いって言ってらして、いま保健室にいらっしゃると思うわ。
よろしくね」
「………」
なんの台本ですか、先生?
そんなバカな展開あるわけないでしょ!?
だって松原先生は二年生担当の古文の先生だよね!?
1年生の私と接点なんて、表向きはまったくない。
それなのになんで???
思わず私は担任をじーっと見つめた。
担任は一瞬私のことを痛ましそうに見つめ、なにかを振りきるように笑った。
「橘さん、とりあえず保健室に行ってね?」
「…………はい」
頭がくらくらするのを感じながら仕方なく保健室に向かった。
担任が最後に「お大事に」って言ったのは聞かなかったことにしておこう……。
職員室を出た私は、理不尽な展開にイライラしながら歩いてた。
ちょっとの間は……。
途中でイライラはどうしように変わって……。
そして私は立ち尽くしてる。
迷子になってしまったから。
だって!!!保健室行ったことないし!
方向音痴の私が行けるわけないし!
まったく方向もわかんないのに歩き続けて、なぜか中庭に出てしまった。
あー、どうしよう。
途方にくれたとき、携帯が鳴りだした。
ディスプレイには松原先生の名前『晄人』
あきと、だっけ。
「もしもーし」
『遅い!』
電話に出たとたんに、叫ばれた。
『お前、どこにいるんだ? まさか帰ったんじゃないだろうな』
「……いますよ、学校」
『それなら早く来い!』
「無理です」
『あ?』
「保健室の場所がわかりません」
『………』
「………」
『………いまどこにいる』
「中庭……かな?」
『かな?ってなんだ、かなって! まわりになにか目印とかは?』
「えーっと、大きなイチョウの木があります」
『………』
「先生?」
『………後ろ見ろ』
「へ?」
言われた通り、後ろを振り向くとガラッとちょうど斜め後ろにあった部屋の窓が開いた。
「ここが保健室だ」
受話器からじゃなくって、窓の向こう、部屋の中に立つ先生が、呆れた顔で言った。