secret 42 終業式と保健室

それから私はぶつぶつ言いながら保健室にようやくたどり着いた。
「転入してきて保健室来たことなかったんだからしょうがないじゃないですかー」
だけど先生はなにも言わずに保健医用のイスにふんぞり返って座ってる。
しかもタバコを咥えて。
「……先生校内禁煙ですよ?」
「俺はいいんだ」
「……先生、夏木先生と知り合いなんですか?」
夏木先生っていうのは、私の担任の女教師。
「あー。あいつ、俺の大学時代の後輩。で、俺のダチのカノジョ。
あいつらが付き合ってるのは俺のおかげだから、俺に絶対服従なんだ」
さらっと、とんでもないことを言ってくれます、先生……。
「なんですか、絶対服従って…」
「そのまんまだよ。それより制服持ってきたか?」
「はい……。持ってきたけど、なにするんですか?」
怪しい人を見るような視線を向けると、先生は素知らぬ表情で、
「とりあえず、これ食え」
と小さな紙袋を差し出してきた。
受け取って中を覗き込むとサンドイッチが入ってる。
「昼食。食べていいぞ」
「いいんですか?」
「ああ。それ食ったら、制服前の学校のに着換えろ」
「はー……い?」
ごく自然に言われたけど、頷くところじゃないよね!?
「せ、先生?」
ぷかぷかタバコを吸っている先生は「なんだよ」と気だるそう。
「なんで、着替える必要があるの?」
「前の制服でヤりたいから」
「………帰ります」
「却下」
回れ右、で帰ろうとした私の腕がぐいっと引っ張られる。
あっというまに引き寄せられて、私は先生の膝の上に座らせられる。
「実優、ほら」
タバコを携帯灰皿にひねりつぶして、先生がサンドイッチを取り出して私の口元に持ってきた。
サンドイッチはそのへんのコンビニなんかで売ってそうなものじゃない。
ローストビーフにレタスに、たぶんカマンベールチーズとトマトとかが挟んであって、すごく美味しそう。
「あーん」
保健室を探し回って疲れてて、お腹も空いていたから。
誘惑に負けてサンドイッチにかぶりついちゃった……。
「おいひい」
ほんとに美味しくってびっくりした。
どこかのパン屋さんなのかな?
「うまいだろ? わざわざ頼んで作ってきてもらったからな」
誰に?って聞くと、先生は某高級ホテルのレストランの名前を言った。
「えぇ?」
「実優に食べてもらいたくって、持ってきてもらった」
爽やかに笑う先生。
でも爽やかさが似合わない先生。
また私が怪しい人を見る目で見ると、先生はニヤッて口元を歪める。
「ご褒美の前払い」
「前ばらい……って、うっ」
なんですか!?、って言おうと思ったのにサンドイッチを無理やり口に放り込まれる。
もごもごと口を動かしてると、紙パックのジュースを渡してくれた。
それは校内の自販機で買えるオレンジジュース。
高級サンドイッチとの組み合わせがアンバランスで、ちょっと笑える。
サンドイッチを飲みこんで、ジュースを飲んでいるとさわさわとお尻を撫でてくる先生。
「先生! 私食べたら帰りますよ!?」
「あぁ? なんでだよ。わざわざ保健室まで借りたんだぞ?」
「意味分かんないんですけど」
「実優。お前今日何の日か知ってるか?」
不意に先生が真剣な顔で訊いてきた。
今日?
「今日は……イブ?」
「そうだ。イブだよ。バカップルたちがハメまくる日だよ」
「…………」
もう突っ込む気もしなくって、とりあえず無言でにらんでみる。
「それなのに、俺は実家主催のパーティに出なきゃならない。しかも明日まで拘束。
可哀想だろ?」
「ぱ、パーティ?」
しかも実家主催って一体……。
先生ってもしかしてボンボンとか?
「あー、お前知らないのか。俺、この学園の理事長の孫」
「え、えええっ?!」
この学園の理事長さんって確か……、この学園以外にもホテルとか経営してるって聞いたことあるけど。
「せ、先生っておぼっちゃまなんですか?」
「一般的には」
「………どうりで」
「………なにが?」
冷ややかな笑みを浮かべる先生。
あ……しまった
余計なひと言を言っちゃったみたい。
どうりで好き放題し放題俺様なわけだ!なんて言えるはずない。
でもばっちり私の考えは読まれてたみたいで先生は「お前、覚悟しろよ?」って低い声で言ってくる。
「……とにかく、だ。俺が可哀想だろ? イブに実家に帰んなきゃなんねーなんて。
俺だってヤりまくりたいだろ? イブだから先生にサービスしてあげなきゃって思うだろ?」
「………」
ぜんぜん、思いません。