secret 145  最終章/Eternally  

空港のロビーはざわついてた。
去年の秋、ゆーにーちゃんを一度ここから見送ったのが懐かしい。
まさか2回目があるなんて思ってもみなかった。
「お身体に気をつけて」
「ありがとうございます。松原さんも―――」
先生とゆーにーちゃんの挨拶を黙って見ていた。
笑顔で見送らなきゃって思うのに、空港に来てから気分が重くってしかたない。
「……実優のこと、よろしくお願いします」
ゆーにーちゃんが微笑んで、でも真剣な眼差しを先生に向けてる。
「もちろんです」
安心させるように先生も笑顔を浮かべて、2人は握手を交わしてた。
そして先生が私の頭に手を乗せる。
「それじゃ、俺はここで。実優、またあとでな」
私は返事の代わりに、小さく頷いた。
先生は苦笑しながら、ゆーにーちゃんに軽くお辞儀をするとその場から去っていった。
最後は2人で、って先生が気を使ってくれて。先生は喫茶店で待つことになってた。
「実優、座ろうか」
先生の姿が見えなくなって、ゆーにーちゃんが私を促した。
ロビーのベンチに並んで座る。
もうあと15分もすればゆーにーちゃんは搭乗してしまう。
そうしたらもう2年は会えなくなってしまう。
今朝はちゃんと笑えてたのに―――、どうしても笑顔がつくれない。
「まさか二回も見送られるとは思わなかったな」
ぽつり呟いたゆーにーちゃんをそっと見上げた。
「………私も思った」
ため息と一緒に言うと、ふっとゆーにーちゃんは私の手を握った。
ぎゅっと握りしめられて、私はじっとゆーにーちゃんを見つめる。
「実優」
「……ん」
「先生と仲良くするんだよ。なにかあったら先生にちゃんと相談しなさい」
「……うん」
「もちろん、俺にもいつだって電話していいから。俺も電話するし」
「電話、してね」
「するよ」
「………ゆーにーちゃん」
震えてしまう声に、ゆーにーちゃんが眉を下げて笑うと、繋がれてないもう片方の手が私の頬に触れる。
「俺は実優の笑った顔が一番好き。だから、俺が向こうで頑張れるように一番の笑顔を見せて?」
「………っ」
必死で頬を緩める。
だけどぼたぼたと熱いものが流れて行ってしまう。
頬に添えられたゆーにーちゃんの手を濡らしてしまう。
「ゆーにーちゃん……っ、お仕事頑張ってねっ」
「うん」
「風邪とか気をつけてねっ」
「うん」
「ゆ、ゆーにーちゃん」
「……ん」
「大好きっ」
「……俺も、大好きだよ」
″好き″の意味は、この前別れたときとは変わってしまったけど。
でも″好き″っていうのは、ずっとずっと変わらない。
―――寂しいよ。
結局私はボロ泣きして、そんなことまで言ってしまって。
ゆーにーちゃんはハンカチで私の涙を拭って、そして頬にキスを落とした。
それにびっくりして思わず涙が止まって。
ゆーにーちゃんは悪戯っぽく笑って、私の頭を撫でた。
「帰国したときは迎えに来てくれる?」
「当たり前だよっ! 早く帰ってきてね?」
無茶を言う私に、ゆーにーちゃんはただ優しく笑う。
「あっという間だよ―――二年なんて」
「うん……っ」
「実優。元気で」
「………ゆーにーちゃんも……」
そして、時間は出発のときがきてしまった。
「またね」
「うん、また、ね!」
がんばって笑った。
ゆーにーちゃんが安心して、旅立てるように。
バイバイって手を振って―――ゆーにーちゃんの姿が搭乗口に消えてった。









「―――おい」
隣に座る気配に、少しだけ顔を上げると先生がため息混じりに私を見つめた。
ゆーにーちゃんが行ってしまって、もう30分以上経ってる。
私は見送ってから動くことができなくなってしまってた。
「泣きすぎ」
ぐいっと手の甲で涙を拭われる。
「……って」
「ちゃんと、お別れ言えたのか?」
声がでなくって、ただ頷く。
「えらいえらい」
軽い調子で、でも優しい声。
先生はそれからしばらく黙って傍にいてくれて。
涙が止まってから私たちは空港を後にした。
私はぼんやりと車の窓から遠くなっていく空港を眺めてた。
「―――昼飯どうする?」
「……あんまりお腹空いてないかも」
「わかった。サンドイッチ買ってあるから、腹減ったら食べろ」
ハンドルを握ったまま、先生が後部席からコーヒーショップの紙袋を取って渡してくれた。
「……ありがとうございます」
小声で言って、30分くらいしてからサンドイッチを食べた。
車はずっと走り続けてる。
先生のマンションに帰るんだろうか。それともどこか寄るのかな?
そんなことを思いながら、お腹が満たされた私は緊張がほどけたせいか眠くなっちゃって。
いつのまにか寝てしまってた。
そして―――。
「実優、起きろ」
「………んん」
「おい」
「………」
「……実優」
「………」
「……あと5秒で起きなかったら、このまま犯すぞ」
「……………へっ!!??」
ごー、よーん、って低い先生の声が聞こえてきて、一気に目が覚めて飛び起きた。
とたんにデコぴんされる。
「ったぁ!!」
「ほら、とっとと降りるぞ」
「え? はーい」
とくに考えなしに返事をして、車のドアに手をかけようとしたら、開けてもないのにドアが開いた。
先生かな?、と思ったら全然違う、黒のスーツを着た男の人で。
「………え?」
男性から促されるように車から降りた私の目の前は―――オーベルジュ・カメリアだった。