secret 133  kiss & kiss  

「――――…………え?」
なんだか感じた違和感と、そしてなんだか身に覚えのある出来事に、先生を見上げる。
先生は私を見てて、呆れたように深いため息をついた。
「お前……。鈍感にもほどがあるだろ」
「……え……、え、え……ええええー???!!!」
パニックになる頭の中でフルスピードで考える。
前の男を引きずってる……。
バレンタインに前の男が現れた。
出会ってから他の女は抱いてない。
ひとり以外は………。
え……と、ということは………?
「その男と一緒に住んでるなんて思いもよらなかったからびっくりしたし、その男に嬉しそうに駆け寄る″バカ″を見て、頭をぶんなぐられたくらいの衝撃感じた」
″バカ″の部分を、私を見ながら、軽くにらみながら言う先生。
「………バカじゃないもん……」
「俺から連絡とるのは、なんかムカついて放置してたら、『しばらく会えない』ってメールが来たから、どっちなんだとイライラしたなぁ。ヨリをもどしたのか、そうでないのか。別れたままだから、そんなメール送ってきたのかと思ってたら……」
コーヒーを一口飲んで、先生は深いため息をつく。
「同級生の男に言い寄られてるわ、前の男とのヨリが戻ったことを報告してるわで……」
「………」
なにも言えない。
そう、だ。
先生は、全部……知ってるんだ。
「抑えが効かなくなった」
「………」
「無理やりヤってしまえば、また元に戻るか、なんてらしくもないことを考えて襲って……。自分の馬鹿さに嫌気がした」
「………ごめ……な……さい」
「………でもそれがあって、逆にはっきりしたような気もするな。好きになってたんだなって……」
涙が勝手に溢れてる。
嬉しいのに、哀しくて、苦しい。
いまはじめて、私は先生を傷つけてたんだって―――知った。
「ごめん、なさ……い」
「ヨリ戻したっていうくせに、俺のところへ来るし。この俺がまさか振り回されるなんて思いもしなかったな」
「……ごめ……っ」
しゃくりあげながら謝る私に、先生がまたため息をつく。
でもそれは呆れたとかそんな感じはしなくって、涙でぼやける目で先生を見つめた。
「謝るのも、泣くのも早いだろ。俺はまだお前にはなにも言ってないぞ?」
「……っ……」
先生の手が伸びてきて、私の涙を拭う。
指が触れたってだけで、嬉しさで私の身体は震えてしまう。
「実優」
久しぶりに、呼ばれた名前。
先生は真剣な目で私を見つめて―――。
「好きだ」
って、言った。
「―――……っ、う」
どうしようもなく、こらえきれなくって嗚咽がもれる。
先生に、言ってもらえるなんて思ってなかったから、驚いて、でも嬉しくて嬉しくって。
「……せん、せい」
私も、って言おうとした。
だけど不意に″結婚″の言葉が浮かんできて、止めてしまう。
「………先生……」
「なんだ?」
「………け……」
「け?」
「結婚、するって……本当です……か?」
「………なに?」
「……結婚して……社長になるって……」
「………どこで、聞いた」
眉を寄せる先生に、胸がざわめく。
「……うわさ、で……。卒業式の日……3年生が……言ってた……。先生が……政略結婚して、後を継いで社長になるって」
怖くって、先生の腕に手を伸ばして、ぎゅっと袖のところを握る。
先生はため息をついた。
「……結婚する―――のは、長男だ」
「…………は?」
「政略じゃない、恋愛結婚だ。それに社長でもない。副社長になるだけだ」
「…………は?」
「なんだ、その噂。そんなあほな噂が流れてたのか」
先生はばかばかしいって感じでブツブツ言ってる。
「………あの、先生」
「なんだ」
「……えと……長男って?」
「兄貴」
「………兄」
「………」
「………あの」
「なんだ」
正直気が抜けた。そのついでに、訊いてみた。
「ホワイトデーの日……先生の車に乗ってたのって……誰ですか?」
「………お前、もしかして」
先生は顔をしかめる。そしてため息をついた。
「あれは姉貴だ」
「え……」
「………」
「えと、あのじゃあ″ミサキ″さんって人は……?」
「車に乗ってた姉貴の名前が美咲」
あっさりと先生は返す。
「………姉」
「……なんだ?」
一層気が抜けてしまって、ぽかんとしてしまってる私に、
「顔変だぞ?」
って先生が言う。
「…………」
変って……!
ムッとしながら、でも湧き上がってくるむず痒いくらいの嬉しさに頬が緩みそうになって、両手で頬を押さえた。
「車の件はともかく……。なんで姉貴の名前知ってる?」
「………あの……ホワイトデーの日、電話が……」
「ああ、そういやあったな」
思い出すように呟いて、ニヤッと先生は口角を上げた。
「ふーん、気になってたわけだ?」
「……っ……、別にっ……。あ、あの、それより、じゃあ先生……いまなにしてるんですか? お兄さん副社長で先生は?」
「俺? そもそもオヤジの会社になんて入ってない」
「え?」
「智紀って友達がいるって知ってるだろ? そいつが事業起こしててな、前から一緒に働こうって誘われてたんだ。で、俺はまだ教職ついてたがいろいろと智紀にこき使われてたわけだ」
「そ、そうなんですか」
なんかすっごくあっさりと不安だったことが解消されちゃって拍子抜けしちゃう。
ほんとに案ずるより産むが易し……。ゆーにーちゃんは偉大だ。なんて、思ってちょっと笑えた。
「………でも、ずっと教師でいるんだって思ってました……。前、次の受け持ちの話とかしてたし……」
「…………」
先生が不意に私から視線を逸らした。
「……先生?」
「なんだ」
「………先生……なんで、学校辞めたんですか?」
「………」
どうしてだか、先生は黙り込む。
「先生?」
「………ヤりたくなるからだ」
「………は?」
……なんだろう。
聞き間違いかな?
「学校でお前に会ったら、ヤりたくなる」
「…………」
「…………」
「………え。いつものことじゃ……」
「…………」
先生のこめかみがピクッと動いた。
ものすっごく怖い目でにらまれて、へらっと笑ってごまかす。
でも、ほんとのことだよね?
「いつものことだとしても、状況が変わった」
先生が大きなため息をついて、投げやりな感じで言った。