secret 132  kiss & kiss  

困惑の表情で先生が私から顔を背ける。額に手を当てて、つかれたのはため息。
それを見て、緊張してた身体が不安に強張った。
やっぱり迷惑だったんだ。
先生は私になんて会いたくなかったんだ。
胸が苦しくって、目がかすむのを感じてうつむいた。
「―――久しぶり」
しばらくして聞こえてきた足音と一緒に響いたのは先生の声。
あわてて見上げると公園をぐるりと囲む花壇越しに先生が私を見ている。
その表情はさっきまでの困ったようなものはなくって、いつもどおりの普通な先生だった。
「……久しぶりです……」
緊張でうまく声がでなくて、か細くなってしまう。
先生はふっと笑って、首をかしげた。
「こんなところでなにしてるんだ?」
「……え、っと」
先生に会いにきたんです。
そう言わなきゃいけないのに、拒否されるのが怖くって言えない。
「……桜……見に」
出てきたのはどうでもいいような言葉で、自分のだめさに内心ため息が出ちゃう。
「桜? まだ全然咲いてないだろ」
苦笑する先生に、顔が熱く火照ってしまうのを感じる。
桜がまだちょっとしか咲いてないし、それにこんな小さな公園にわざわざ見に来るなんて普通はないだろう。
それに、この公園は先生のマンションのすぐ近く……。
「……まぁいいや。茶でも飲むか?」
「………仕事じゃないんですか?」
まだお昼。12時を過ぎた頃。
先生の姿は明らかにビジネスマンって感じ。
「ああ、今日はたまたま帰っていいって言われてさ。午後休みになった。運がいいのか悪いのか」
最後はため息混じりに呟く先生。
いいのか、悪いのか……って。
なんだか私と会ったことが、運が悪いって言われてるような気がして不安がどんどん増していく。
「とりあえず俺のマンショ……」
内ポケットから携帯灰皿を取り出して煙草を消しながら先生は言いかけた。だけど途中で止まって、先生はちらり公園を見る。
ちょうど小学生たちは「昼飯ー!」なんて叫びながら、みんな一斉に公園を出て行ってしまった。
さっきまでの騒がしさがなくなって、静けさが強く感じる。
「公園でいいか……。ちょっと待ってろ。なにか飲み物買ってくる」
先生はそう言って、私の返事を待たずに身をひるがえした。
足早に近くにあるコンビニへと向かって行く先生の姿を見つめて、その姿がコンビニの中に消えてからベンチに腰を下ろした。
先生のマンションには連れて行ってもらえないんだ。
そう思うと不安は、絶望的なものに変わっていってしまって。
どうしようもなく逃げ出したく、泣きたくなった。






「ほら」
数分で戻ってきた先生が渡してくれたのはホットのレモネード。
「………」
なんで、これなんだろう。
先生と一緒にいたころ、これ飲んだことあったかな?
じっとペットボトルを見下ろしてると、先生の笑いを含んだ声が響く。
「お前なんかやつれてるから、それ飲んでおけ」
「………ありがとうございます……?」
やつれてるっていう言葉にどきりとしながら、ふたを開けて一口飲んだ。
甘酸っぱくて温かいレモネードに頬がくすぐられるように緩んじゃう。
意外だったけど、意外においしくってもう一口飲んで、そっと吐息をついた。
「………」
「………」
カチン、プルタブを引く音とコーヒーの香りが隣から漂ってくる。
横目に見ると缶コーヒーを飲んでる先生が学校で見てた時よりも私が知ってるよりも、もっともっと大人に感じて、ちょっと切なくなった。
「……なんだ。視姦するなよ」
私の視線に気づいたらしい先生が意地悪な笑みを浮かべる。
「……し……、してませんっ」
きっちり上等そうなスーツを着こなしてるけど、やっぱり頭の中は相変わらずらしい先生。
それに少しほっとしながら、視線を逸らす。
「………そんなセクハラみたいなこと……あんまり言わない方がいいですよ」
なのに、私から出たのはそんな可愛くない言葉。
「………″彼女″に嫌われちゃいますよ」
自虐的で、でも自分で話を振って身構えて受け止めた方がまだ楽な気がして、そう言ってた。
「彼女? んなもん、いないから平気」
「……いないんですか? ″好きな人″にまだ……告白してないんですか?」
ドキドキ、ズキズキと胸が痛む。
「あー……。まぁいろいろと忙しくてな。まだ」
「……そうなんですか」
ホッとしていいのか悪いのかよくわからない。
ただうつむいてた。
「俺の好きな女の話気になるか?」
「………べつに……」
からかうような声に、小さく返すのが精いっぱい。
なのに、先生は続ける。
「俺の好きな女はな……。一言で言えば、単純天然鈍感バカ、だな」
「…………」
なにそれ、って思わず顔を上げると、ニヤって笑う先生と目が合う。
「まぁバカなところが可愛いんだけど?」
バカバカって言われてる先生の″好きな人″。
でも、うらやましい。
だって、そんなこと言いながら先生はすっごく優しい目をしてるから。
「……のろけですね」
ひきつりそうになるのを必死で我慢してちょっと笑ってから視線を逸らした。
「のろけねぇ。うまくいくならのろけでもいいがな」
「………先生だったら大丈夫ですよ……たぶん」
「そうか?」
ふっと先生が笑った気配がした。
「でも……最初は軽い気持ちだったんだけどな」
「………なにがですか?」
「まぁ可愛くて、感度も良くって、身体の相性も良さそうだなくらいだったのに、どこでこうなったんだろーなと思ってさ」
「…………」
もう、身体の関係があるんだ。
一気に血の気が引いてく気がした。震えそうになって、ぎゅっとペットボトルを握り締める。
「別れた男、引きずってるような女に興味ないはずだったのになぁ」
ぼやくように、先生が呟く。
その人……元カレを忘れられないんだ。
なんで、そんな人好きになったの? 別に、そんな人いいじゃない。
って、言いそうになってしまう。
「でも、関係を続けていくうちに、妙に気になっていった。華奢な身体してるくせに抱えてるものが大きすぎて、放っておけなくなったのかな……」
「………」
「なんとなく手元に置いておきたいと思って。なんとなく、別れてるはずなのにまだ前の男と繋がってるらしいことにイライラしてきて。いちいち泣いて悩んでるバカさに呆れながら、そのままにしてることなんかできなくなってた」
「………」
胸が、痛い。
淡々と話す先生から、その人のことを本当に好きなんだって伝わってきて、泣きたくなる。
「前の男と連絡はとっているみたいだったが、会っている様子はなさそうだったから―――そのうち忘れるだろうと思ってた。だんだん一緒にいる時間が増えて、当たり前のようにそいつが俺の部屋にいて」
「………」
先生の部屋に、私以外も入ってた。
当たり前なんだろうけど、ショックでたまらない。
「そいつと出会ってから、なんとなく他の女を抱く気にならなかったから、俺のそばにいる女はそいつだけで、でもそれも悪くないかなんて思ってた」
………じゃあ、私は?
とっさに浮かび上がった想いに、心臓が軋むような音をたてる。
「このまま一緒に、いるんだろうか。いそうだな、なんてことを考えてどうやら気が抜けてたらしい……」
「………」
「バレンタインの日に、そいつの前の男が現れて―――あっさり掻っ攫われた」
バレンタイン……。
私だって、私だって、先生とその日一緒にいたのに……。