secret 130  桜が咲く日  

ロールキャベツに海老フライ、サラダとポタージュスープを作った。
お皿の用意をしてると玄関のドアが開く音が聞こえてきて、玄関に向かう。
ドキドキしながら靴を脱いでるゆーにーちゃんに声をかけた。
「……おかえりなさい」
身体を折り曲げたゆーにーちゃんは少し身体を震わせて、驚いたように顔を上げた。
その目が私を見て、次の瞬間にはふっと優しく微笑んだ。
「ただいま」
何日ぶりにこうしてまともに顔を合わせるんだろう。
変わらず向けられるその笑顔に胸が痛む。
私はちゃんと笑顔を返せてるのかな?
「……あのね、夕食、ゆーにーちゃんの好きなの作ってるよ」
「ありがとう。いい匂いがする」
ゆーにーちゃんは嬉しそうに目を細めて、「着替えてくるね」と自室に入ってった。
私はキッチンに戻って、料理を温めて器に盛って。
テーブルに並べてるとゆーにーちゃんがリビングに入ってきて、イスに座った。
「美味しそうだね」
並んだ料理を見て目を輝かせてくれるゆーにーちゃんに嬉しくなる。
「たくさん食べてね」
「もちろん」
いただきます、って2人で手を合わせて食事をはじめた。
海老フライにつけるタルタルソースもちゃんと手作りして、ロールキャベツはゆーにーちゃんが好きなトマトソース仕立て。
「美味しい」
何回もゆーにーちゃんは言って、どんどん食べてくれる。
料理がうまくなれるようにがんばったのはゆーにーちゃんのためで。
美味しいって言ってもらいたかったのもゆーにーちゃんだけで。
いま目の前で笑顔で料理を食べてくれるゆーにーちゃんを見て、私の心はどうしようもなく弾んでる。
ほんとうに″好き″なんだよ、って思っちゃう。
なのに、私は―――。
「……実優」
ゆーにーちゃんが困ったように笑って、身を乗り出すと私の目元をぬぐった。
「美味しいから、食べよう?」
「………ん……」
夕方ベランダで泣かないって誓ったばかりなのに、呆れるほど弱い自分にいやになる。
ぎゅっと唇を噛み締めて、深呼吸して、私も料理に手をつけた。
海老フライはサクサクしてて、タルタルソースも美味しかった。
ちゃんとできてることにホッとしてるとゆーにーちゃんと目があって、
「ね? 美味しいだろ?」
「……うん」
笑いあう。そしてどんどん料理を片づけていった。









「はい、どうぞ」
夕食を終えて、ソファーに私たちは移動した。
ローテーブルにゆーにーちゃんが淹れてきてくれたカフェオレが置かれる。
ミルクティーじゃないことにちょっとホッとしてしまった。
ゆーにーちゃんのミルクティーを飲んで落ち着いてられる余裕がないから。
温かいカフェオレを飲みながら、ちらりゆーにーちゃんを見る。
ゆーにーちゃんはブラックを飲んでるみたいで、濃いコーヒーの香りが漂ってた。
「…………」
マグカップを両手でぎゅっと握って、心を落ち着かせる。
ちゃんと、話をしなきゃならない。
「………ゆーにーちゃん」
声が震えてしまう。
「うん」
「………私……、ゆーにーちゃんのこと好きだよ……」
「………うん」
「……ゆーにーちゃんが……帰ってきて、私の″特別″にまたなりたいって言ってくれて、ほんとに嬉しかったの」
マグカップから伝わる熱に、必死で冷静さを繋ぎとめる。
「ゆーにーちゃんにキスしてもらって、触れてもらって、ほんとにほんとに幸せで………」
「………」
大好きで、大好きでしょうがなかった。
「ゆーにーちゃんは、私の初恋で、大好きなひとで……。ほかに……惹かれてる人がいたって……、そばにいたいくらい……ほんとに好きだったの」
滲みそうになる涙を堪える。
ゆーにーちゃんは真剣な顔で、私を見ている。
「わ、わたしは……、ゆーにーちゃんに、笑っててほしくって。だけど……」
声がどうしようもなく震えて、それを飲みこむようにカフェオレを口にする。
熱いものが喉から胸へと流れていくのを感じながら、そっと息を吐きだした。
「ゆーにーちゃんは……自分が卑怯だって……いったけど……ちがう。卑怯なのは……ずるかったのは、私っ」
「………実優」
「ゆーにーちゃんに守られて、慰めてもらって……甘えきってた。ゆーにーちゃんのそばにずっといるんだって思って、ゆーにーちゃんだって私がそばにいれば幸せなはずだなんて、そんな気持ちで」
ゆーにーちゃんのそばにいて″あげる″ことが、ふたりにとって幸せなんだ、なんて。
そんな、傲慢さで。
私は、ずっとゆーにーちゃんを傷つけてた。
「……俺は、幸せだよ。実優がどんな形であれ、この世界にいてくれるだけで」
「……っ」
柔らかく、私の考えを否定するように許すように、ゆーにーちゃんは微かに笑う。
目頭が熱くなって、結局私は涙をこぼしてしまった。
どこまでも優しいゆーにーちゃん。
優しすぎるひと。
だから、だから……私は、ちゃんと言わなきゃいけない。
この恋が、終わったとしても―――私たちの関係がなくなるわけじゃない、から。
「私も……っ、ゆーにーちゃんがこの世界にいてくれるだけで、幸せだよ……っ。ずっとずっと、ゆーにーちゃんが幸せになるのを見てたい」
いっぱい苦労してるってわかってるから。
ゆーにーちゃんには、誰よりも幸せになってほしいの。
「――――……でも」
息を止めて、思い出す。
あの香りを、あの―――意地悪で強引なあの人の瞳を。
「私……先生に……会いたいの。そばにいたい……の。………好き、なの」
「………」
「……だから……私は……ゆーにーちゃんの″特別″にはなれない……」
ゆーにーちゃんが他の誰かと恋をしたら、嫉妬すると思う。
でも、それでも、私は……。
「………わかった」
やっぱり優しいゆーにーちゃんの声がして。
そして次の瞬間―――抱きしめられた。
「……ゆ……」
「…………ごめん、最後に、少しだけこうさせて……」
「………」
「………実優」
「………なに?」
「愛してる」
「………」
「いま、俺たちの関係が終わったって、俺にとって実優は一番大切な、家族だから」
「……ゆーにーちゃ……」
私の想いそのままを、ゆーにーちゃんが囁いた。
私は涙を耐えて、ゆーにーちゃんの背に手をまわしてぎゅっと抱きしめた。
「ゆーにーちゃんは、実優の大事な人だよ。一番大切な家族だよ」
「――――」
沈黙が落ちて、私たちはただお互いの体温を静かに感じてた。
叔父と姪に戻るけど。
でも″ただの″じゃない。お互いが一番の家族だよね。
ゆーにーちゃんの以外の人を好きだとしても、私が一番に幸せを願うのはゆーにーちゃんだけ。
私はそっと目を閉じて、ゆーにーちゃんがいつか出会うひとが優しいひとでありますように、って祈った。