secret 129  桜が咲く日  

「あんまり思いつめちゃだめだよ?」
捺くんが笑いかけてくれて、私にハンカチを差し出した。
それを受け取ってハンカチに顔を押し付けてたら―――。
「捺!!」
って和くんの声が聞こえてきて。
パシッ、捺くんがなにか受け取るような音が小さく聞こえた。
「実優ちゃん、和から差し入れ」
言われて顔を上げると缶ジュース。
「これでまぶた少しでも冷やして?」
ぐいっとまぶたに押し付けられる。
ひんやりとした缶が熱くなってたまぶたに心地いい。
「んじゃ、オレちょっと遊んでくるからさ。実優ちゃんもあとでおいで?」
笑って捺くんは立ち上がった。
「うん……、捺くんっ」
「なにー?」
「あ、ありがとうっ」
捺くんはやっぱり笑うだけで、軽く手を振って和くん達のほうへと走って行った。
それから缶ジュースをまぶたに押し当てながら、薄く目を開けてみんなを見てた。
七香ちゃんや和くんたちは楽しそうに走り回って遊んでる。
たまに私に手を振ってくれて、それに手を振り返して。
ずっと泣いてたのをたぶん見てたはずなのに、いつもと変わらず笑顔を向けてくれるのがすごく嬉しかった。
缶ジュースが温くなってきた頃、手の甲で目を擦って―――深呼吸して立ち上がった。
泣きまくったせいか顔が強張ってるのを感じたけど、笑顔を浮かべてみんなところにいった。
一緒に遊んで、シートに戻ってお菓子食べて、たくさん笑った。
日向ぼっこしながら、残りの春休みを満喫しようって話をして。
4時ごろ、帰ろうかって帰り支度をして、駅に向かって。
小心者な私がみんなに―――
「ありがとう。今日は本当に楽しかった」
そう言えたのは降りる駅の近くでだった。
「なにかあったらいつでも言ってね」
そう七香ちゃんと羽純ちゃんは笑ってくれて。
「頑張れよ」
和くんはぽんと私の頭を叩いて。
捺くんは可愛らしい笑顔で小指を立たせて、そこにちゅっとキスして見せて。
私は笑いながらホームに降りた。
「また、連絡するね!」
大きくみんなに手を振って、電車を見送って。
そしてマンションに帰った。















みんなとたくさん騒いだからか、部屋に入るとなんだか寂しく感じてしまう。
私はリビングにはいかずに、自室にまっすぐ行った。
そして机の―――あまり開けない引き出しに手をかけた。
ドキドキとすごい速さで心臓が脈打ってる。
不安と、恐怖が混じり合って、息苦しささえ感じながら、引き出しを開けた。
「…………」
目に飛び込んでくるのはシックな赤い、煙草の箱。
それを取って開けてみると、ふんわり漂う懐かしい香り。
引き出しを開ける瞬間まであった緊張はなくなってしまって、私はそれを持って部屋を出た。
キッチンに行って探し物をして、そしてベランダに出る。
箱から一本取り出して―――ライターで火をつけてみる。
「………あれ?」
でもなかなか火がつかない。
な、なんでだろう?
何回か試すけど、つかない……。
プチパニックになりながら、先生のことを思い浮かべてみた。
先生はいつもどんなふうに吸っていたっけ……。
たしか煙草をくわえて、ライターで火をつけてたような気がする。
そう思い出して煙草をくわえてみた。
なんだかそれだけで大人になった気がして、ちょっと笑えた。
そして火をつけてみる―――けど、つかない。
「………なんでぇ?」
戸惑いながら試行錯誤して、何度目かで火がついた。
どうやら吸いながら火をつけなきゃいけなかったみたい。
煙草の先がちりちりと赤い色をともす。
それを眺めながら、煙草を吸ってみた。
「―――………っ!!!」
ゲホゲホ、ゴホゴホって、立て続けに咳が出ちゃう。
「……なにこれぇ……」
ぜんぜん美味しくないし、ていうか苦しいし!
なんでこんなのを平気で吸えるのかわかんない。
涙目になりながら、でもまた煙草をくわえた。
ちょっと気合を入れて、吸いこんで。
また咳き込みそうになるのを我慢して、煙を吐き出した。
薄く、濁った白い煙が夕暮れの空にのぼってく。
そして匂いが口の中や、外に散らばって―――涙がこぼれた。
それを拭って、何度か吸った。
苦しかったけど、煙が流れるたびに、涙が出て、なのにホッとして。
どうしようもなく、バカな自分に笑ってしまう。
バカすぎて、呆れちゃう。
こんな、煙草の匂いだけで―――息が止まってしまうくらいに先生に……会いたくなってしかたないなんて。
こんなことで、自分の気持ちを認識するなんて。
………バカすぎるよね?
だんだんと短くなっていく煙草を見つめながら、溢れだす涙を必死で拭った。
「………先生……」
いないのに。
そう呼んでみただけで、ぎゅっと胸が締め付けられる。
もう一度、最後に煙草を深く吸って―――アルミホイルで作った簡単な灰皿にもみ消した。
煙草の煙が、匂いが全部消えちゃうまで、ただぼーっと空を見上げてた。
「―――………よ」
掠れた呟きは、呟きにはならなくって。
私は心の中で、もう一度呟いた。
『先生……会いたいよ』
ごちゃごちゃしてた頭の中を整理して、残ったのは……それだけで。
だから。
私はまた流れそうになる涙を、顔を上に向かせて、耐えた。
その涙が落ちなくって、乾くまでずっと、ずっと。
もう、泣いちゃいけないから。
泣かずに、ちゃんと―――ゆーにーちゃんと話をしなきゃいけないから。
涙が乾いて、私はリビングに戻って、そして夕飯の準備をはじめた。
ゆーにーちゃんの好きな料理を作りながら、ゆーにーちゃんの帰りを待った。