secret 126  桜が咲く日  

電車に乗って二駅先にある大きい公園に行った。
電車の中では春休み前と変わらない。ううん、それよりも前と変わらない楽しいお喋り。
七香ちゃんと捺くんが言いあって、和くんがたまにぼそっと割り込んで、羽純ちゃんもたまに毒舌で切り込んで。
あれだけ私の携帯に連絡してきてたのに、そのことはなにも言わなかった。
公園について桜の木の下にレジャーシートを敷く。
公園の両端にずらっと桜の木は植えられてるけど、やっぱり時期が早いのか蕾ばっかりだった。
でも薄いピンクの蕾は可愛らしいし、もう春なんだなって実感できた。
「ねー、お弁当食べる?」
みんなレジャーシートに一旦座って、七香ちゃんがトートバッグを指さしながら言った。
とたんに呆れたように眉を寄せるのは捺くん。
「はぁ? まだ来たばっかりだろーが! まだ11時だし」
「お腹減ってるんだからしょうがないじゃない。朝だって早かったんだしさー!」
言いあう2人に、和くんはため息をついて、羽純ちゃんは楽しそうににこにこしながら私を見る。
「実優ちゃんはお腹空いてる?」
「えっと、うーん……。すごく空いてはないけど食べれるよ」
「ほら、実優だって食べたいって言ってるじゃない!」
「食べたいじゃなくって食べれるだろー!」
「うっせぇ……。もう食えばいいだろ。七香は花より食い気なんだよ」
「ちょっとユタカ!! あんたねぇ、私はそんな食い意地はってないつーの!」
「七香には食欲しかないじゃん」
「こら! 捺も! もうお弁当あげないよ!」
「つーか、七香よりオレのほうが料理上手だもんねー。お前がつくったのなんて焦げた卵焼きくらいだろ」
「バカ捺! 夏が来るまで冬眠してろ!」
七香ちゃんはそう叫んで、自分で「私ってうまいこと言うわね」なんて得意げに笑った。
「………とりあえず、食べよう」
終わらなさそうな言いあいにちょっとだけ冷たくなった笑顔で羽純ちゃんがお弁当を取り出した。
3段タイプの大きなお弁当箱。
一段目にはおにぎりが入ってて、2段目には唐揚げや海老フライにウインナー。3段目には卵焼きとトマトとか色どり野菜とポテトサラダが入ってた。
「美味しそう!! そういえば、このお弁当って誰がつくったの?」
紙のお皿と割りばしをもらいながらお弁当をまじまじと眺める。
卵焼きを見るとちょっと焦げてて。そういえばさっき捺くんが七香ちゃんが作ったのなんて……って言ってたなぁなんて思い出していたら。
「4人で作ったんだよ」
捺くんが笑って言った。
「え? 4人で?」
びっくりして捺くん達を見る。
「そーそー。急に花見しようってなって、お弁当作ることに決めて。今朝うちでみんなで集まって作ったんだよ」
七香ちゃんが早々といただきまーすって唐揚げに手を伸ばしながら言う。
「意外にオレ料理得意なんだよ? 七香に任せてたら安心できないからさぁ。まぁ羽純ちゃんは料理上手そうだけど」
捺くんがにこっと笑って、七香ちゃんが唐揚げを頬張りながら捺くんをにらむ。
「でもほんと捺くんもだけど、和くんも料理上手でびっくりしたな」
ウィンナーをとりながら羽純ちゃんがふふっと笑う。
「ポテトサラダは和くんが作ったんだよ? 揚げ物とおにぎりは捺くんと私が担当で。七香ちゃんは卵焼きとウィンナーなの」
「ウィンナーは茹でるだけだけどな……」
おにぎりを食べながらぼそり呟いたのは和くん。
すかさず七香ちゃんがにらんで。
そんなみんなの様子がおかしくて自然に笑いながら、私は七香ちゃんの卵焼きを頬張った。
「卵焼き美味しいよ!」
私がそう言うと七香ちゃんは「でしょう!? 卵焼きだけは得意なのよ!」って満足そう。
「でも焦げてるけどね」
捺くんがまた言って、七香ちゃんがまたにらんで―――。
美味しくって楽しい雰囲気に久しぶりに声をたてて笑ってしまった。










「ほんと美味しかった! みんな料理上手だね。和くんのポテトサラダ美味しかったよ」
お弁当を食べ終えてレジャーシートには私を挟んで羽純ちゃんと和くん。
和くんはごろんと横になってる。
「まー、イモ潰してマヨネーズ混ぜるだけだしな」
ちょっとだけ照れたように視線を逸らしながら和くんが小さく笑う。
「でもほんと美味しかったよ! ね、羽純ちゃん」
「うん。いいお婿さんになれるよ、和くん」
「………婿養子かよ」
ちょっとだけイヤそうに眉を寄せる和くんに羽純ちゃんとふたりで笑いあって、視線を前に向ける。
公園の広場では七香ちゃんと捺くんがキャッチボールをしてる。
仲がいいのか悪いのか、言い争いはヒートアップしてなぜかキャッチボールで決着をつけることになったらしい。
先にボールを3回取り損ねたほうが負け。七香ちゃん不利そうなのに、運動神経がいいのか捺くんと互角にボールを投げ合って取ってる。
「元気いいね、ふたりとも」
「ほんと。若いわね」
「羽純ちゃん同じ年でしょ」
「なんていうのかな、精神年齢?」
ふふっと笑う羽純ちゃんに、やっぱりさりげに毒舌だなってしみじみ思っちゃう。
それからしばらく重くない無言が続いて、私たちは七香ちゃんと捺くんの姿を眺めてた。
「今日の花見さ……」
目を閉じてたから寝ちゃったのかと思ってた和くんが呟いた。
「うん?」
「捺の提案」
「え?」
思ってもみない言葉に私は和くんを見て、そして捺くんを見た。
捺くんは楽しそうに七香ちゃんに悪態つきながらボールを投げてる。
「春休みに入ってから実優ちゃんと連絡取れなくなって―――」
羽純ちゃんが和くんのかわりに続けるように口を開いた。
「なにかあったのかなって七香ちゃんと心配して。それでなにか知らないかなと思って和くんに連絡したんだけど、ちょうど捺くんも一緒にいたのね」
終業式の日からずっと携帯を放置してた。
あの日からずっとずっと私は一人殻に閉じこもって、引きこもってて。
『春休みたくさん遊ぼうね』って約束してたのに。
「それでみんなで集合して。それで……」
「恋愛絡みで落ちてんのかもしんねーって俺が言った」
「………そっか」
「でも詳しいこととか全然聞いてないよ?」
安心させるように羽純ちゃんが私に笑顔を向けてくる。
それに頷きながら、ちらっと和くんを見たら、欠伸をしながら起き上ってきた。
「実際のとこどうなってんのかわかんねーからとりあえず様子見ようってなったんだけど、なかなか連絡とれねーから」
「……ごめんね。携帯……充電し忘れてた」
申し訳なくって呟くと、和くんはふっと笑って私の頭を軽くたたく。
「いーよ、謝んなくって。それに謝るのは俺のほうかもしれねーし」
きっと和くんは私が風邪をひいたときのことを言ってるのかもしれない。あのお見舞いに来た日、和くんが私に言ったことで、なにかあったのかもしれないって思ったのかも。
「それで、きのうの夜、ちょうど0時くらいかな? 急に捺くんからみんなに集合かかって」
話の流れを元に戻すように羽純ちゃんが続けた。
「明日お弁当作って花見行こうって。実優ちゃんを誘って」
「連絡とれないのにどうすんだって訊いたら」
苦笑する和くん。そしてそれを受けて羽純ちゃんも口元を緩める。
「実優ちゃんちに乗り込めばいいって言ったの。連絡とれないなら無理矢理でもひっぱりだせばいいって。それで今朝押し掛けたわけ」
「………」
「たぶんすっごく心配してたんじゃないかなぁ。お弁当の材料なんかも全部捺くんが買い込んできたんだよ」
目の前が霞んで見えた。
私と距離を置くって言った捺くんが、どんな気持ちで今日来てくれたんだろう。
きっと捺くんは私とゆーにーちゃんがなにかあったのかもしれないって思ったのかもしれない。
でも反対してたのに。なのに、心配してくれて―――。
「………ごめんね。……ありがとう」
涙がこぼれるのを堪え切れない。
小さく呟いたら、羽純ちゃんが優しく手を握ってくれた。
それからしばらくして、捺くんが「七香の子守疲れた」って戻ってきて。
代わりに和くんと羽純ちゃんが立ち上がって七香ちゃんのところに行ってしまった。
桜の木の下で、私と捺くん2人きりになった。