secret 127  桜が咲く日  

なんとなく目があって、なんとなく照れくさくって微笑んだら捺くんも微笑み返してくれた。
「久しぶりだね」
「……うん」
「元気してた?」
「……うん」
頷くと、捺くんは吹き出した。
けらけら笑う捺くんに、きょとんとしてしまう。
捺くんは目を細めながら私の顔を指さす。
「目の下クマ隠せてないよ。それに、なんかちょっと痩せてる。顔色も悪いし。ぜんぜん元気そうじゃない」
ズバリ言われて言葉が詰まってしまう。
ちょっと笑ってる捺くんの目はよく見れば心配してくれてるっていうことがわかる。
「彼氏となんかあった?」
またズバリと言われて、うつむいた。
「ごめんね、直球で。でも回りくどいのヤだし、オレ、心配だからさ。だって―――大事な友達だし。ね?」
ね、っていう言葉がとっても優しくってちらり視線を上げたら目があって、捺くんは可愛らしい笑顔で得意の上目遣いで私を覗きこんできた。
「ぶっちゃけて言っちゃえばいいよ。だってオレさ、実優ちゃんの彼氏のこと知ってるしさ。知らない人には言いにくいかもだけど、オレならヘーキだし。って、前あんなヒドイこと言ったオレが話し聞くよなんて胡散臭いかもしんないけど」
ちょっとだけ苦笑する捺くんに、私は大きく首を振る。
「そ、んなこと……ないよ……っ」
「んじゃ、ぶっちゃけちゃいなよ。言いにくいことでもさ、自分の中だけで考えてたらわけわかんなくなるよ? 実優ちゃんの気持ちを整理する意味でも、話してみればいい」
「………」
「オレじゃイヤ? もし和のがいいなら―――……」
「ヤじゃ、ない……よ。ただ」
「ただ?」
「話……聞いたら、きっと捺くん私のこと軽蔑すると思う……」
ゆーにーちゃんとのことを相談するって言うことは、先生のことも話さなきゃいけない……。
誰にも言えないっていう気持ちと、誰かに聞いてほしいっていう気持ちで揺れる。
「たぶん大丈夫。だってオレの中学時代のこと聞いたら実優ちゃん気絶しちゃうかも?」
ニッと捺くんが口角を上げて、中学時代の武勇伝の一つを教えてくれた。
それは捺くんの初体験のことだったんだけど………。
ちょっとハードすぎて、私は顔を赤くしてひたすらうつむいてることしかできなかった。
「ね? オレにだったら大丈夫そうな気がしない?」
「………」
うん、って頷いていいのかよくわかんなかったけど、私一人じゃもうどうすればいいのかわかんなくって―――少ししてゆっくり口を開いた。
「………あのね。ゆーにーちゃん……、あ……、叔父……えと彼氏なんだけど。私とゆーにーちゃん……は私が高校生になってから……その付き合ってたんだけど……」
私はゆーにーちゃんと一度距離を置いたときからのことを話した。
ゆーにーちゃんが海外に行ってしまって、私が転校して。
そこで先生と出会って。
もちろん最初襲われかけたなんてことは言わなかったし、だいぶはしょって説明したけど。
たまたま親しくなって―――……セフレになってしまったって言った。
そこで捺くんがちょっとだけ眉を寄せたけど、なにも言わずにずっと話を聞いてくれた。
そしてゆーにーちゃんが帰ってきて、また付き合うことになって……。
「……先生との関係だって……終わったのに……、……この前先生のマンションに……行って……。なんで行っちゃったのか、わかんないんだけど。それで……、それで、でも別に私と先生の関係は終わったままだし。先生は学校辞めちゃうし……。結婚するらしいって噂で聞いたし……。もう私には関係ないのに、ゆーにーちゃんが……私のほんとうに好きな人は先生だなんて言って……」
そんなわけないのに―――。
そう呟いてうつむくと、しばらくして捺くんが訊いてきた。
「あのさ……。状況はわかったんだけど、実優ちゃんの気持ちも話して?」
「……え? ……だから、私はゆーにーちゃんが……」
「じゃなくってさ。たとえば、実優ちゃんはさ、先生が学校辞めるって聞いたときどう思ったの?」
「……別に……」
「……実優ちゃん。ちゃんと考えてみて?」
捺くんのひどく真剣な声に、私は先生が辞める話を聞いた卒業式のことを思い出す。
あの日、私は―――。
「………嘘だって思った」
「………ん」
「だって……前話した時、たぶん3年の受け持ちになるって言ってたのに、辞めるなんて言ってなかったのに。嘘だって、思って、でも」
「でも?」
「ただのセフレの私になんて……なにも話してくれてなかっただけなのかもしれないって思って……。それが……」
職員室でさも私が知っているかのように夏木先生に話されたときのこと。
廊下で卒業生たちが当たり前のことのように先生の噂をしていたこと。
だけど……私は何一つ知らなかったこと。
「……ショックだった。私との関係を終わらせるときに……先生が″ゲームオーバーだ″って、″遊びは終わりだ″って、言って。もう終わった私がなにも知らなくたって、当たり前だったのかもしれないけど、ショックで……。結婚するから私は……捨て………」
言いかけて、止まった。
勝手に口が動いて、勝手になにか言っちゃって。
いま、自分が言いかけた言葉が、まるで―――まるで、本当に私が……。
「……実優ちゃん? 大丈夫?」
ゆっくりでいいから、って捺くんが私の背中をそっとあやすように撫でてくれた。
もう話したくない、考えたくないって思うのに、心がガタガタで、わけのわからない、ずっと避けてた想いが唇から出ようとしてる。
「ほんとは……先生が……エロいけど、自己中な人だけど……でも、すごく優しくって……先生が、私のことを……特別に想ってくれてるんじゃないかなんて―――……勘違いしてたっ」
目頭が熱い。
なんで涙が出てるんだろう。
なんで、なんで私は″思った事もなかった″ことを、話しているんだろう。
大量に溢れる涙に、混乱する頭の中がぼやけていくような気がする。
ずっと背中を撫でてくれる捺くん。
「でも違うんだって、それがすごくショックで。でも、でも……私が……そんなこと思っていいはずないのに。先生と過ごしてたことが……楽しかったなんて、また先生と一緒にいたいなんて、思っちゃいけないのにっ」
先生に″ゲームオーバーだ″って言われた日、先生が準備室で無理やり私を抱こうとしたとき。
怖かった。
強引にキスされて、強引に指を突き刺されて、怖かった。
―――あまりにも、気持ち良すぎて。
無理やりな行為に戸惑いながら、なんでって思いながら、でも―――久しぶりに先生に触れられて、嬉しいなんて。
そんなありえないことを考えた自分が―――怖かった。
「―――……んで?」
スカートにぼたぼたと涙が落ちて、シミを作っていってる。
ぎゅっと唇を噛み締めるけど、涙はとまらなくって、ひたすら手で拭う。
「なんで? なんでそんなに惹かれてるのに、先生を否定すんの?」
「……だっ、て。私には、ゆーにーちゃんが……っ」
「………そりゃ……ずっと両想いでいれたらいいけど。でも……心変わりすることだって……」
「だめ……。ダメなの」
「………どうして?」
「………って……、だって……知ってる……もん」
「………」
「ゆーにーちゃんが……私のことを……どれだけ……愛してるか、知ってるから……っ」
知ってる。
痛いくらいに知ってる、わかってる。
ゆーにーちゃんが……私のことをどれだけ″女″として愛してくれてるか。
どれだけ……私のことを必要としてくれてるか。
だから。
だから私は―――ゆーにーちゃんを″拒むこと″が、できなかった。
そして―――先生に惹かれてるのなんて一過性で、私にはゆーにーちゃんしかいないって。
そう、必死で………思っていたから。