secret 125  桜が咲く日  

「……実優、行ってくる。ご飯ちゃんと食べるんだよ」
朝、ゆーにーちゃんが私の部屋のドア越しに、声をかけてくる。
それはもう3日目。
私がゆーにーちゃんを傷つけてしまった日から3日経ってしまってた。
遠ざかって行く足音と、しばらくして少しだけ響いてきた玄関の閉まる音。
私はそれをぼんやり聞きながら、目を閉じる。
『ゆっくりでいいから、話し合おう』
そう言ってくれたのに、私はまだ話せないでいた。
それどころか部屋に引きこもって、ゆーにーちゃんとまともに顔をあわせてもない。
その行為がさらにゆーにーちゃんを傷つけることだって、自分勝手だってわかってても、どうしてもゆーにーちゃんの顔を見ることができなかった。
顔を見ればきっとまた泣いてしまう。
なにを話たらいいのかわからない。
自分の気持ちがよくわからない。
引きこもってる間、ずっとゆーにーちゃんが私に話したことを繰り返し思い出してた。
胸に痛くて痛くてたまらなかったけど、必死で思い返しながら考えて。
でも、結局よくわからない。
どうすればいいのか、わからない。
ゆーにーちゃんのそばにいたいのは事実で。
ゆーにーちゃんが大好きなのは事実で。
だけど、私は―――ゆーにーちゃんの言うとおり、先生のことで……情緒不安定になってる。
それが、惹かれてるっていうことなのか。
……どうしても、考えられない。
ううん……。考えたくなかった。
認めたら、本当に終わっちゃう気がして、繰り返し考えるのに答えを出すことができなかった。
答えを出したくなかった。
部屋を出て、リビングに行く。
キッチンにはオムレツとサラダ、そしてロールパンがきちんと皿に盛ってあった。
私はゆーにーちゃんが作ってくれたオムレツとサラダだけを、時間をかけて食べた。
ゆーにーちゃんの作るオムレツはすごくふわふわで―――……。
はじめてゆーにーちゃんがオムレツを作ってくれたときの小さい頃の懐かしい思い出がよみがえる中で―――浮かび上がるもうひとつの思い出に、涙がぼたぼた落ちてテーブルを濡らしてった。
馬鹿で馬鹿でしょうがない自分が、ものすごく嫌だった。
















インターフォンが鳴ったのは、それからさらに2日してからだった。
出る気力もなくって、リビングでぼーっとしてた。
相変わらず私はゆーにーちゃんを避けることしかできてなかった。
このままじゃいけないって思うのに、逃げてばかり。
「――――」
また、インターフォンが鳴った。
だけど無視して。
でもまた、鳴った。
仕方なく重い腰を持ち上げて、でることにした。
テレビモニターを見て―――。
「……え?」
画面いっぱいに広がる顔に、びっくりした。
慌てて、通話ボタンを押す。
「な――……」
『遅ーい!!!』
だけど、私が声を出す前に……七香ちゃんの叫び声が音割れしそうなくらい大きく部屋中に響いてきた。
「な、七香ちゃん!?」
『七香さまよー!』
「ど、どうしたの?」
『うん、とりあえずさ、オートロック解除しなくっていいから!』
「は?」
『外で待ってるからさ、15分で着替えて出てきて!』
「え?」
『そんじゃ、待ってるねー!』
「え? っちょ、七香ちゃ……ん?」
私がまだ話しかけてるのに、カメラの前から七香ちゃんの姿は消えてってしまった。
呆然とその場にしばらく立ち尽くして、はっと我に変える。
外で待ってる、って行ったよね?
もう春だけど、まだ肌寒いし、待たせるなんて出来ないから慌てて自室に戻った。
着替えながら携帯をチェックしようとして充電切れになってることを知った。
もうずっと、あの日から放置しっぱなしだったから、切れててもしょうがない。
とりあえずほんの数分でも充電しておくことにして、洗面所に向かった。
最近あんまり眠れてなかったから、クマがひどい。
顔を洗って、また部屋に戻って、メイクして、携帯の電源を入れるとメールや着信が何件も入ってた。
それは七香ちゃんや羽純ちゃん、それに和くんからのもあって。
私は申し訳ない気持ちになりながら部屋を飛び出して外に走ってった。
エレベーターを降りて、エントランスを出ると―――。
「やっほー」
って笑う七香ちゃんと、その隣に羽純ちゃんがいて。
軽く手を上げる和くんもいて。
そして。
「久しぶり、実優ちゃん」
前と変わらない可愛らしい笑顔を私に向ける―――捺くんもいた。
私はまた呆然として、何回もまばたきしてみんなを見た。
そんな私の両側に七香ちゃんと羽純ちゃんがやってきて、手をつないでくる。
「実優、お花見行こう?」
「……お、お花見?」
でもまだ咲いてないんじゃ―――って思ったけど。
「実優ちゃん。行こう? お弁当も作って来たんだ」
捺くんが私の前にやってきてお弁当が入ってるらしいトートを持ち上げてにっこり笑うから。
私はわけがわからないままに、でも、嬉しくって。
たぶん変な笑顔で頷いた。
「………うん……っ」
そしてみんなに引っ張られて、私たちはお花見へと行くことになった。