secret 124  大切で、大切な、ひと。  

悲痛な眼差しで私を見つめて、そっと私を抱きしめる。
「もう、いいから。俺はずっとそばで実優を見守ってるから、だから怖がらないで、先生のことを考えて」
優しい、優しい、ゆーにーちゃんの声。
優しすぎて、頭がおかしくなってくる。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
「ゆう、にーちゃんは………」
「………」
「私のこと手放すの?」
「……違う。″恋人″ではなくなるけど、でも―――」
「ゆーにちゃんは……、私が他のひとと一緒になってもいいの?」
「………」
「いいの?」
「………もし、それで実優が幸せになれるなら、いいよ」
もう実優が泣くのはみたくないから。
そう微笑む、ゆーにーちゃんの優しさに。
私は―――頭が真っ白になるのを感じた。
「な、んで? 実優は……ゆーにーちゃんのそばにいちゃだめなの?」
「……そうじゃない。関係はかわるかもしれないけど……、でも」
「ゆーにーちゃんと2人で、いれればいいよ。特別なのはゆーにーちゃんだけで、いい」
「………実優」
なんで、そんなに苦しそうな顔するの?
私は、どうすればいい?
私はゆーにーちゃんの――――。
「いまさらだけど俺は、実優と先生が……」
「いいの? 本当に?」
「………み」
「だって、だって、じゃあ……ゆーにーちゃんは」
頭がズキズキする。
「ゆーにーちゃんが………ひとりぼっちになっちゃう……」
私は、知ってる。
この人が―――どれだけ、私のことを愛してるかって。
「……………な、に?」
大きくゆーにーちゃんが目を見開いて、私は―――ハッとして、口を押さえた。
「………あ……。ちが、う」
「みゆ……、お前……」
「違う、違う!!」
頭がぐらぐらしてて何も考えられない。
私はゆーにーちゃんを突き飛ばして、走りだした。
怖かった。
これ以上、あの空間にいたら、自分がとんでもないことを言ってしまいそうな気がした。
部屋を飛び出してエレベーターに乗り込んで、着くまでずっと開ボタンを押し続けて。
下に、ついて、走りだして。
どこにいけばいいのかわからない。
でも、どこかに行ってしまいたい。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
なんで、なんで―――。
「――……ッ……」
急に膝が抜けて、転んでしまった。
ズキズキした膝の痛みに、一気に力が抜けて動けなくなってしまう。
小さな擦り傷なのに、痛くて痛くてたまらない。
膝を押さえながら、よろよろと立ち上がったとき―――。
クラクションが鳴った。
ぼんやり鳴ったほうを見る。
そこは、車道だったみたいで、車が来てた。
ライトの光に、目がくらむ。
ぞくぞくと背筋を這いあがってくる悪寒に、身体が凍りつく。
ぶつかる瞬間の衝撃を―――身体が思いだして、震えてしまう。
迫ってくる光と、クラクションをただ聞いて―――。
不意に、強い力で腕を後ろに引っ張られた。
また地面に転んだ私の横を車が走り去っていく。
私はぼんやりと、顔を上げた。
青ざめたゆーにーちゃんが息を切らして、立っていた。
ゆーにーちゃんは私を見下ろして、顔を歪めると、その場に崩れるように屈みこんだ。
「………大丈夫……?」
絞り出すようにそう言って、ゆーにーちゃんは私の身体を支えるようにして立ち上がらせた。
その、ゆーにーちゃんの手が、身体が震えてた。
「……家に……戻ろう? 頼むから……。俺のことを想うのなら……ゆっくりでいいから……話し合おう…」
ぎゅっと握りしめられた手に、熱いしずくがひとつ落ちて。
私はぼやけた視界の中、小さく頷いた。


ゆーにーちゃん。
あのね、私もね。
本当に―――ゆーにーちゃんの苦しむ姿なんて見たくないって、思ってたんだよ。
本当に、本当に。
私にとって大切で、大切なひとは、ゆーにーちゃんなんだよ。
それだけは、本当なんだよ?