secret 122  大切で、大切な、ひと。  

小さすぎてなんて言ったのかわからなくて、ゆーにーちゃんを見つめる。
ゆーにーちゃんもまた私を見つめて、ゆっくり口を開いた。
「……もう、終わりにしよう………」
心臓をわしづかみにされたような苦しさが襲った。
予想なんてしたくなかった。
一番言われたくなかった言葉が、胸に突き刺さる。
「………な、んで……」
どうしても声が震えてしまう。
一気に涙腺が緩んで、一筋涙が頬を伝うのを感じた。
それを見たゆーにーちゃんが切なそうに眉を寄せる。
「……実優も……俺も、もう限界だから……」
どきん、どきんって、心臓の音が、耳にうるさい。
必死でぎゅっと手を握り締めた。そうしないと崩れてしまいそうだった。
「……げ、……限界……て、……意味……、わかんない」
力なく首を振って呟く。
「……実優が先生を想って苦しんでいるのが……。そんな実優を見ているのが……、もう限界なんだよ。お互いに……」
「……なに……それ」
心臓が壊れちゃうんじゃないかってくらいに動悸が激しい。
「……意味、わかんない……。意味……わかんないよっ」
喉が熱い、目頭が熱い。
掠れた声で、絞り出すように叫んだ。
「……もういいんだ。俺が、間違ってた。もう―――……先生を好きだって、言っていい……よ」
な、に?
なんで、そんなこと言うの?
好き?
誰が?
私が、誰を?
ゆーにーちゃんが、いったいなにを間違ってたって、言うの?
「意味分かんない!! 私は、私が好きなのはっ……! ゆーにーちゃん……だよっ……?」
「………」
「なんで、そんな勘違いしてるの? わ、わた、し……は……」
「………帰国した日」
「………え?」
「タクシーから降りて、マンションの前で楽しそうに仲良く喋ってるカップルを見て……」
「………」
「それが、実優だって気づいて……。俺は……後悔した」
握りこぶしを口元にあてて、ゆーにーちゃんは苦しげにため息を吐きだした。
「………距離を置こうって言って実優をひとり残して海外に行ったのに……。自分勝手だってわかってるけど、俺じゃない別の男と幸せそうに笑いあってるのを見て、後悔した」
「………」
「なんで、連れて行かなかったんだろうって。なんで、距離なんて置いたんだろうって。なんで、なんでって、頭の中がパニックになるくらいに後悔した」
ゆーにーちゃんは自嘲するように笑う。
「先生だと紹介されて、転校なんてさせるんじゃなかったって、後悔した」
「………」
「………だけど」
言葉を途切れさせ、ゆーにーちゃんは目を伏せ、またため息を吐きだす。
「だけど……先生と別れてマンションに入っていくときに、エレベーターにのったときに、部屋についたときに……実優が俺のことを意識しているのがわかって……」
「………」
「俺の入る隙があるかもしれない、なんて思って。俺は―――言ったんだ。特別になれるかと」
『距離、また縮めていい? 俺はまた実優の″特別″になれる?』
「それは賭けで、先生の存在があったとしても、もし実優が俺を見てくれるのなら……攫うつもりで、言った」
「………」
「実優が頷いて、それを取り消される前に、抱いた。俺のものにしたくて、俺のことを想い出して欲しくて」
「………」
「そうして、俺を刻みこんでから……聞いたんだよ。先生のことを。俺を選んだあとに、逃げられないように……」
ゆーにーちゃんは顔を歪めて、ぽつり呟いた。
「俺は……卑怯な人間なんだ」
「………」
「実優が先生との関係を″セフレ″って言ったから、俺はまた無理やり抱いて、実優の心を縛りつけた。″セフレ″だなんて、気持ちなんてないなんて、勘違いしてる実優の隙をついたんだ」
「………」
なにも、言えなかった。
ただ、呆然として、なにも言えなかった。
「まだ盲目に俺のことを好きだと言ってくれて、先生への気持ちにも気付いてない実優を利用した」
「………」
「ずっと傍にいれば、また前のように戻れると……信じて」
全部―――。
全部、ゆーにーちゃんの勘違いだよ。
って言いたいのに、声が出ない。