secret 121  大切で、大切な、ひと。  

気だるい身体。
最後の絶頂の後、意識を飛ばしてしまってたみたいで、私はぼんやり瞼を上げた。
裸のままシーツにくるまってて、そばにゆーにーちゃんの姿はない。
視線だけを動かすと、開いたカーテンの向こう、ベランダにゆーにーちゃんはいた。
暗い夜空。
その中に白いものが空へとのぼってる。
「………」
ゆーにーちゃんが……煙草を吸っているところをみるのは、今日で2回目。
ゆーにーちゃんは私の前では絶対に吸わない。
もともとそこまで吸うわけじゃないんだろうけど、でも家の中で吸ったことは一度だってない。
私が前、ゆーにーちゃんが煙草を吸っているのをみたのは―――。
もうパパとママがいなくなってて、でもまだ私が小学生のころで、ゆーにーちゃんが社会に出たばかりのころだった。
その時はまだ前住んでた家で。
夜中ゆーにーちゃんは、ちょうどいまみたいに窓の外で煙草を吸ってた。
たまたまトイレに行きたくって目が覚めたときにその姿を見つけて。
私は話しかけちゃいけないような気がしたのに、ゆーにーちゃんの背中がとっても寒そうで、声をかけてしまってた。
『……ゆーにーちゃん……。眠れないの……?』
そっと声をかけるとゆーにーちゃんはビクッと肩を震わせて、私を振りかえった。
『……あ、実優……。実優こそどうかした?』
『おトイレに行ってきたの』
『そっか。……俺はもうちょっとここにいるから、早く寝なさい。風邪ひくよ』
灰皿に煙草をもみ消しながら、ゆーにーちゃんはいつもの優しい笑顔で言った。
『……うん。でも、ゆーにーちゃんも風邪ひいちゃうよ?』
『……大丈夫だよ』
『眠れないなら、実優が撫で撫でしてあげる。いつもゆーにーちゃんに頭撫でてもらってたらすっごくよく眠れるから、だから実優がゆーにーちゃんの頭撫で撫でしてあげる』
『………』
私が笑って言うと、ゆーにーちゃんはしばらく黙って、そして泣きそうな笑みをこぼした。
『……じゃあ、実優に寝かしつけてもらおうかな』
ゆーにーちゃんは私の手を取って、部屋に戻った。
結局そのときはゆーにーちゃんの頭を撫でてあげたけど、私は先に寝てしまって。
ゆーにーちゃんがちゃんと寝れたのかは知らない。
次の朝、ゆーにーちゃんはいつもと変わりなかった。
私は幼く、なにも気遣ってあげられなかった。
いまになって思えば、働き始めたばかりの会社で、なにかあったのかもしれない。
私がゆーにーちゃんの煙草を吸う姿を見たのはそれきりなく。
こうして今、その姿を見るまで、その意味を深く考えたことがなかったほどだ。
今―――ゆーにーちゃんはどんな気持ちで、煙草を吸っているんだろう。
それはきっと………私のせい……なんだよね?
痛む心にぎゅっと眉を寄せながら、それでも私はゆーにーちゃんのそばに行くことができずに、ただその姿を見つめてた。
ゆーにーちゃんが部屋に戻ってきたのはそれから少ししてからで。
ゆーにーちゃんはやっぱりいつもと変わらない優しい笑みを浮かべて私を見つめた。
「身体、大丈夫?」
「……うん」
「ミルクティー作ってあげるから、服着てリビングにおいで」
「………う……ん」
笑えないでいる私の頭を撫でて、ゆーにーちゃんは部屋を出て行った。
パタンとドアの閉まる音を聞きながら、しばらくぼーっとして、床に散らばってた制服を持って一旦自室に戻って部屋着に着替えた。
リビングについた時には甘いミルクティーの香りが広がってた。








ゆーにーちゃんのつくるミルクティーはとっても美味しい。
ゆーにーちゃんのつくる味が私好みなのか、私好みにつくってくれてるのかはわからない。
もしかしたら……、ううん、だぶん後者なのかもしれないけど。
私は暖かくって甘いゆーにーちゃんのミルクティーを飲んでほっと心が落ち着くのを感じた。
だけど、心の端っこはモヤモヤとしたものがこびりついて、痛みを発してる。
リビングにはカップを置く音や、すする音がほんの少し響くだけであとは沈黙してた。
ゆーにーちゃんはついてないテレビをぼんやりと見ている。
「…………」
沈黙が怖くて、私はちらちらゆーにーちゃんを見る。
でも沈黙が破られるのも、怖かった。
「―――――………う」
だけど、永遠に黙っているなんて、このままでいられるはずもなくって。
沈黙が終わったのはゆーにーちゃんの呟きだった。