secret 119  大切で、大切な、ひと。  

マンションについたとき、ゆーにーちゃんからメールが届いた。
『学校はどうだった? 具合悪くなってない? 無理しないように。今日は早く帰るよ』
メールを読んで、胸が軋むような音を立てる。
暖かいものが頬を濡らしていくのを感じて、手の甲で拭った。
でも拭っても拭っても、頬はどんどん濡れていく。
私―――なにしてるんだろう。
なんで、泣いてるんだろう?
頭の中を―――先生と、ゆーにーちゃんの姿がぐるぐる回ってる。
先生なんて、関係ないのに。
違う。
先生とは、もう一切関係なくなった。
だから、ゆーにーちゃんのことだけを考えればいいのに。
忘れようとすればするほど、煙草の匂いとか、人を食ったような先生の笑い方とか、思い出しちゃう。
考えたくない。
考えたくなんてない。
私は、私は。
先生のことなんて、なんとも思ってないんだから。
私は、ゆーにーちゃんが好きなんだから。
そう―――必死に、私は考えないようにした。
頭が空っぽになればいいのにって、ただ思いながら。
ひたすら、ゆーにーちゃんが帰ってくるのを、膝を抱えて待ってた。














暗かったリビングが一気に明るくなった。
ずっと閉じてた瞼を上げると、眉を寄せたゆーにーちゃんが、
「実優?」
って、近づいてくる。
「おかえりなさい、ゆーにーちゃん!」
もう涙なんて、流れてない。
なにも、考えてなんてない。
私は笑って、ゆーにーちゃんの胸に飛び込む。
「……なにかあった?」
私の背中に手をまわしながら、ゆーにーちゃんが怪訝な声で訊いてくる。
「―――なんにもない。なんにもないよ」
ぎゅっと、ゆーにーちゃんに抱きつく手に力を込めた。
「……そう? ………実優、夕食は?」
「まだ。ピザでも取ろうよ」
「………そうだね」
ゆーにーちゃんはまだ眉を寄せたまま、頷く。
私はそれを見ないふりして、ずっとゆーにーちゃんにくっついてた。
ピザを注文するときも、ゆーにーちゃんが着替えに自室に戻るときも。
たびたびゆーにーちゃんはなにか言いたそうにしたけど、なにも言わずに私の頭を黙って撫でてくれた。
優しい、優しいゆーにーちゃん。
私が考えていいのはゆーにーちゃんのことだけ。
「実優……」
「なに?」
「この状態で食べるの?」
ピザが来て、ソファで食べることにした。
そして私はゆーにーちゃんの膝の上に横向きに座ってる。
「うん」
私が頷くと、ゆーにーちゃんは苦笑しながらもピザを一切れ取って、食べさせてくれた。
「……実優は子供みたいだね」
ピザを食べる私に、ゆーにーちゃんが目を細める。
その瞳には複雑な色が溢れてた。
優しくて、切なくて、愛しくて、"―――"て、そんな目で私を見てる。
ゆーにーちゃんに甘えきってる自分を感じて―――イラついた。
ゆーにーちゃんにこんな目をさせたいわけじゃないのに。
不意に、また頭痛がし出して、思い出さなくっていいことを思い出して。
ぐらぐらぐらぐら頭の中が揺れるのを感じて。
私は焦って、ゆーにーちゃんにキスした。
軽く触れるだけのキスを繰り返す。
「………実優。ピザ、食べないの?」
だけどゆーにーちゃんはやっぱり困ったように私を見る。
「………ゆーにーちゃん」
「なに?」
「大好き」
「……うん」
「……ゆーにーちゃんは?」
「…………大好きだよ」
―――泣きたくなる。
どうしようもなく胸が苦しくなって、ゆーにーちゃんの首に手をまわして、またキスした。
唇を押し付けてしばらくしてゆーにーちゃんはようやく唇を開いた。
私から舌を差し入れる。
ゆーにーちゃんの舌に触れて絡めると、ゆーにーちゃんもそれに応えてくれる。
そっと優しい、けど深いキス。
もう何度したかわかんないゆーにーちゃんとのキスに、頭がぼーっとなってく。
なにも、考えられなくなってく。
考えなくってよくなってく。
「……ゆーにーちゃん」
「……ん?」
唇が触れ合うくらいの距離で、私はゆーにーちゃんを見つめる。
顔が熱くなるのを感じながら、口を開いた。
「………したい」
「…………」
「ゆーにーちゃん……」
「…………」
―――私はどこまでも、子供で。
―――私はどこまでも、愚かで。
でも、全部全部全部―――忘れたくて、なにも考えたくなくって、ゆーにーちゃんにもたれかかった。
「―――……実優」
耳元で優しく響く声。
「ベッドに行こう?」
「……うん」
ぎゅっと抱きつくと、ゆーにーちゃんは私を抱っこして寝室に連れてってくれた。
そしてベッドに寝かされて、ゆーにーちゃんがのしかかってくる。
その手がそっと私の頬に触れて、その唇がそっと私の唇に落ちて。
私はゆっくり―――目を閉じた。