EXTRA GAME / Change 10

そのあとはピザをとって食べた。
食えないとかいってたくせに結局実優も食いながら、借りてきてあったDVDをソファーで並んで見る。途中だるくて横になったらたまたま実優の膝が合ったからそれを枕にした。
が―――3本目のDVDもエンドロールになったとき、いきなり背中を押されてソファーから落とされた。
「………どういうつもりだ?」
普通に見てただけのはずだ。それなのになんで突き落とされなきゃなんねーんだ?
苛立ちそのまま睨めば、あはははと目を泳がせながら乾いた笑い声を洩らしている実優。
「え。あー、別に……。なんとなく……重くて?」
「おまえなー!!この俺様を重いだと!?」
やっぱりこいつは一度締めとくべきか?、と腕を掴んでソファーに押し倒して馬乗りになった。
「えーっと………」
しどろもどろになってる実優が、ふと固まったように俺を見つめてきた。
戸惑ったように、焦ったように―――なぜか少し顔を赤くさせている。
なんだ?
怪訝に思うが、すぐに自分と実優の取っている体勢に気づいた。
ああ、襲われるとでも思ってるのか。
「おい、飯食いにいくぞ」
すぐにソファーから降りて、声をかけた。
ぽかんとしている実優を放って、寝室に着替えに行く。
隙あらばヤってたせいか条件反射のように実優の目は潤んでた。
あいつは感度良すぎだからな……。
苦笑を浮かべながら、どこに食べに行くか考えを巡らせる。そこでようやく俺は今日がまだクリスマスだっていうことを思い出した。
だらだらピザ食ってDVD鑑賞してたが―――実優もいるんだし多少はクリスマスらしく上手い飯でも食いに行こうか。
あいつ食うの好きそうだし。
ケーキやピザを満面の笑みで食べていた姿が思い浮かび、笑いがこぼれた。
携帯電話で一件いきつけのホテルに電話をし、レストランと宿泊予約をした。宿泊は酒を飲むから、というのと―――クリスマスだから、という理由。
なんとなく……今夜実優をひとりにさせるのが憚られたからだ。
同情、なのか?
少しそれとは違うような気がするが、はっきりとはわからない。
予約したのはスイート。高校生の実優には贅沢かもしれないが、たまにはいいだろう。
あいつの気が少しでも晴れるなら。
コートを羽織りリビングへ戻る。DVDや食べかけのピザやらを片づけていた実優を連れて終了間際クリスマスの街並みの中、車を走らせた。




***




やっぱりこいつは華奢なわりに食い意地が張ってる。
ホテルのレストランの個室。シャンパンで乾杯をしたあと、順に運ばれてくるコース料理を美味しそうに食べてる実優を見て確信する。
ケーキも結構食ってたし、食えないって言っていたピザも食っていたし、いまはフレンチを残さず食べている。
確かピザ食べていたときに「もう夕食入らないかも!」とか言ってた気がするが……。
それも若さか?
「……よく食うな」
最後の締めのデザートをほおを緩ませまくって食べている実優をコーヒーを飲みながらしみじみ眺めた。
実優は少し恥ずかしそうに目線をずらしながらも結局きれいにデザートプレートを完食していた。
「――――出るぞ」
食べ終わって少ししてから実優を促す。
エレベーターが上へ向かっていることにごちゃごちゃ言っている実優にヒマなら付き合えと、部屋に連れて行った。
高層階にあるスイートルームに入るなり、実優はぽかんとしたように目を見開いた。
「ひ、広っ!!」
叫んだ実優はスイートだとわかると、テンション高くさせて部屋を見て回ってくると、駆けだす。
まるで小学生。
無邪気すぎる笑みを浮かべていたことに、笑いがこぼれてしまう。
せっかくのクリスマスなんだし、すこしでも楽しめばいい。
コートを脱いで、ブランデーのミニボトルを開けソファーに座った。
それからしばらくして戻ってきた実優は斜め向かいのソファーに腰を下ろす。
「なんで急に泊まることにしたんですか?」
ひとしきり室内を見て回って落ち着いたらしい実優は何故か戸惑うように訊いてきた。
「ここのフレンチが食いたくなった。飯食って酒飲んで帰るのメンドー。あと、そういやまだクリスマスだったなと思って。実家と家でDVD三昧で終わるのもなーと思ったんだよ」
事実そのまま言えば、実優はほんの少し眉を寄せてチラチラと俺の方を見てくる。
「―――………」
なにかブツブツ言ってるが、声が小さすぎて聞きとれなかった。
「なんだよ」
実優の頬は少し赤らんでいて、その理由がわからない。
「か、カップルが……イチャイチャしてるから……悔しくて?」
「……はぁ?」
なんだ悔しくって、って。
カップルがイチャイチャしてるから悔しい……とか、まるで俺がクリスマスを妬んでるような狭い了見の男のようじゃないか?
こいつは、いったい何が言いたいんだよ。
馬鹿にされているのかなんなのか、眉間にしわが寄るのを感じながらも実優を軽く睨む。
と、続けて実優は真っ赤になって叫んだ。
「だ、だからー! その、こんなところまでエッチしに来たのかな!?と思ったんです!!」
「………」
言葉の意味を解釈するのに、数秒かかった。
「なに誘ってんのか?」
どうやら少し期待しているらしい実優に笑いを向けると、慌てたように必死に首を振っている。
「違いますっ!! だって、先生いっつもエロいから!!」
「……俺は万年発情期かよ」
「違うんですか?」
ありえない、と言うような実優の眼差しにため息がでそうになるのを我慢した。
「違うだろ」
まるでいつでもヤリまくってるように言うな。
まぁ……振り返ればいつもヤってたわけだけれど。
しばらくの間、実優と無言で視線を交わす。
「実優、ちょっと来い」
どうあっても俺を万年エロと認定したいらしい実優から視線を逸らし深いため息をついて、手招きした。
少し躊躇いを見せたがすぐに隣にやってくる。
襲われるとでも勘違いしているのか緊張している様子が伝わってくる。
そんな実優を横目に見ながら―――、期待にこたえるために手を出すことができないのは、どうしても脳裏にちらつく車での出来事のせいだった。
あのときの取り乱した姿がブレーキをかける。そして、なにか引っかかりを覚えさせていた。
それがなにかを考え―――。
「お前さ」
不意に思い出したのは苦しげな表情をした実優の寝顔だった。
あぁ―――、とようやくの答えが胸に落着する。
「夢、見る?」
俺の問いかけに拍子抜けしたように実優は目をしばたたかせてから不思議そうにした。
「………ゆめ?」
「寝てるときに夢とか見る?」
週末、俺のマンションに無理やり引っ張りこんで泊まらせたあの日。
あの夜。
実優が自らの両親が事故死したのだと俺に教えた、その夜。
苦しげに、まるで悪夢にうなされていた寝顔を思い出す。
それが、もしそれが悪夢だとして、原因が事故だったらと。
そうであれば前を向いているのに、その根底に深く根付く傷に複雑な気持ちが沸き上がる。
「んー……見てないと思います」
気づいていないのがいいことなのか、悪いことなのか。
それとも俺の思いすごしで、ただあの夜は悪い夢を見ていただけならそれが一番なんだが。
「あっそ」
「………先生?」
内情をごまかすようにそっけなく返すと、実優は訝しげにじろじろと視線を寄越す。
しまいには「大丈夫ですか?」、とまるで俺がおかしいかのように言ってくる始末。
「なにがだよ」
「だって、いつもガーって襲ってくるじゃないですか!」
「だから俺は万年発情期じゃねーって」
そんなにこいつは襲われたいんだろうか?
お前には忘れられない男がいるんだろう。
そう―――思った瞬間、苦いものが胸の奥に広がった。
「えええ?」
やっぱり俺を万年エロにしたいらしい実優の態度と、妙な胸苦しさに実優の腕を引き寄せた。