EXTRA GAME / Change 9

車の大きな揺れなどで稀にパニックになるのだと苦笑する実優に、俺は表情を消すことしかできない。
これから先の話に、どういう感情を伴うのか、どの感情を外に出していいのかいまはまだ判断ができないからだ。
いつもは天然で、俺へは変に突っかかってきたりする。年齢そのまま、若い実優はいつもとは違ってどこか大人びたような表情を俺に向けていた。
「前、両親事故で亡くしたっていいましたよね? その事故、車の追突事故だったんですけど。私も両親と一緒に車に乗っていたんです」
言い淀むこともなく告げたその声色は、落ち着いていた。
「両親は即死だったんですけど。私は奇跡的に助かって」
哀しみや苦しさの見えない、ただ状況を説明している、それだけの口調。
「ただ私は覚えてはないんですけど、身体と脳は覚えてる、みたいな……。それでちょっと衝撃受けたら思いだして、勝手にパニックになって叫びだしちゃうんです」
少し笑う実優に、喉元を締められたかのような息苦しさを感じてしまう。
軽さなんてひとつもない、重いだけの話。
事故で死んだ、と言った両親。この前少しだけその話を聞いたとき、実優は確か当時10歳だったと言ったはずだ。
10歳―――その年齢で負うには気の遠くなるような出来事。
事故死していると聞いた時も驚いたが、その事故に実優もまた関わっていたとなるとまた話は違う。
両親が二人即死するほどなら車は大破したはずだ。
"奇跡"的に助かったというのなら、実優自身も大けがを負ったはずだ。
それにその後フラッシュバックを起こすほどに精神的にも大きな傷を負ったのは、間違いない。
もしさっきのことがなかったら、発狂したように叫ぶ実優を見ていなかったら信じられなかったもしれない事実に、ため息が出そうになるのをこらえる。
「事故から1~2年は結構ひどかったんですけど、いまは全然平気なんです。一年に2~3回くらいあるかななくらいだし」
病気が治りました。いまは大丈夫なんですよ。
そんな説明でもするように、安心させるように笑う。その笑顔に嘘はなく―――息苦しさはとれないままわずかに安堵した。
この前、その話を聞いたときに"叔父"が実優の傍にいたという事実を思い出してその存在の大きさをいままた再認識する。
実優が事故の後ひとりじゃなくてよかった、と思えた。
同時に、そのときに傍にいてやりたかった、とも思えた。
知り合ってもいない頃、接点などなにもなかったというのにそんなことを考えている自分に、気づかないまま。
「さっきはちょっと興奮してたときに、大きく揺れちゃったから、パニックがひどかったんだと思います」
眉を下げ、車内でのことを振りかえる実優に罪悪感が沸く。
「――――悪かったな」
その言葉を言っていいのか一瞬迷ったが、言わずにはいられなかった。
実優はほんの少し笑顔を固めて首を傾げた。
「なんで謝るんですか?」
その瞳がわずかに揺らぐ。
「………″失う″とか俺が言ったから、だろう?」
ただの口論。だが誰にだって思いもかけないところに地雷が潜んでいたりする。
知らなかった、そう言えば容易い。
だからしょうがないのだというのも容易い。
だけどだからこそ言葉を選ぶことが必要になってくる。
だからこそ―――あんな状況に陥らせた自分に苛立ちが沸いてしまう。
「……いや、あの……ちょっといろいろ悩んでて鬱々してたから、だから」
実優に浮かんでいた笑みは、どこか儚くなってきていて、最後には俯いてしまった。
それさえも、自分の不甲斐なさを感じて嫌気がさす。
「………私、目が覚めたの……十日後なんです」
少しして呟かれた言葉は、事故に巻き添えになっていたという事実と同じだけ、衝撃があった。
「え?」
「事故があって、目が覚めたのが十日後なんです。起きたら……もうお葬式も、火葬も全部終わってて……。あまりにも呆気なく、なくなってて。だからそのときはなかなか受け入れられなかったんですけど……。でも落ち着いてきたら、いろいろと怖くなってきて………」
さっきまでの落ち着いた様子とは変わって、実優の表情はだんだんと曇っていっている。
途切れた言葉の後噛み締められた唇が痛々しく見えた。
「なにが、怖くなったんだ」
先を促すようにそっと声をかけると、躊躇うように揺れた瞳を俺へと向けてくる。
黙って続きを待つ。
「……あの、人づきあいとかが……」
ぽつりと、実優は伏せ目がちに呟いた。
「別に普通に仲良くなったり、喋れたりするんですけど……。明日になったら、消えてるかも、とか。……喋ってても……、次の瞬間には、死んじゃってるかも、とか……」
それは実優にとって根源的な恐怖になってしまっているんだろう。
目の前で両親を亡くしたのなら、そうなったとしても仕方ない。
年数を数えれば事故からまだ6年。
風化するにも短い時間だ。
「そうか」
憂いにも似たものを感じながら煙草に火をつけた。
簡単に触れてはいけない傷痕。
実優が話したからといって安易に踏み込めない領域。
その身体を抱きしめて、辛かったな、大変だったな、と言えば事足りるのか。
―――そんなに簡単なものじゃない。
煙草を深く吸い込んで煙を肺に充満させる。そしてゆっくりと吐息とともに吐き出す。
過去を知って、俺ができることはなんなのか?
慰めや同情のために実優が話したんじゃないことは様子を見ればわかる。
実優はちゃんと前を見ているから、過去の事由にたいして俺が言えることはなにもない。
想うところは多々あったとしても。
俺ができるのはせいぜい、実優を支えてきた"叔父"というひとに感謝するくらいなのかもしれない。
それに―――日々を楽しめと言うくらいしか、できそうにない。
「ケーキ、食わないのか?」
所詮俺は若造で、こいつにしてやれるのは普段通りに接することだけ。
「え、あ。食べます……」
「ほら食べろ」
戸惑う実優を急かすと、再びケーキを口にしてその甘さに頬をほころばせていた。
美味しいと顔に書いて味わっている姿に、内心安堵する。
「―――まぁ、俺は簡単にはいなくなんねーけどな」
ただ。
簡単に踏み込めないけれど。
「占い師から100歳を超える長寿になるって言われたし」
ほんの少しだけ実優の恐れるものが軽減されれば、俺に関してその心配は不要なんだと安心させてやることができれば―――。
実優は目を点にして俺を見ると、一瞬泣きそうに顔を歪めながら笑顔を浮かべた。
「100歳って……。確かに先生ってしぶとそうだし。ご長寿一位になるかもですね?」
その表情が和らぐのを見つめながら、いつも通りに口角を上げる。
「だろ?」
多少過剰気味に頷いて見せれば実優は吹き出すようにして笑った。
そのまま―――俺の隣では、笑っていればいい。
そう、思った。