EXTRA GAME / Change 8

マンションの駐車場に着くと、脱力しきっていた実優を横抱きで抱えて部屋に向かった。
ソファーに座らせ、一旦着替えに寝室に入る。
普段着に着替えながらこれからどうするべきか考えを巡らせた。
だが考えても答えは見つからない。
実優の様子を見て対応していくほかにないだろう。
重くなりがちな気分をとりはらうように首を振ってリビングに戻った。
相変わらず実優はぼんやりとした様子でソファーに座っている。
さっきのあの状態は実優にとっては疲労を伴うものだったんじゃないかという気がした。
大丈夫か―――と声を掛けかけて、思いなおしてキッチンに入った。
「紅茶でいいか」
問いつつも、答えをまたずに紅茶を淹れる準備をしていった。
疲労には糖分―――……とりあえずケーキだな。
返答までぼんやりしたようすの実優の声を聞きながらまだ冷蔵庫にしまってなかったケーキの箱に目をやる。
保冷剤はたっぷり入れてあったはずだから大丈夫だろう。
「お前、甘いモノ好き? ケーキとか。女だから大丈夫だよな?」
いかにも実優は好きそうだしな。
勝手に決め付けて紅茶を淹れていると、
「……好きですけど」
おずおずとした返事が聞こえてくる。
「実家でケーキ貰ったんだよ。別にいらねーのに。お前、食え」
ポットにティーコジーをかぶせ、ケーキを箱から出して大皿に乗せる。
1ホール……イケるか?
「……はい」
頷いてる実優とケーキを見比べて、まぁ大丈夫だろうと結論を出してテーブルに持って行った。
だがどうやら大丈夫じゃなかったらしい。
「これそのまま出されても……」
確かに大きいよな、ケーキ。
実優なら食いそうな気がしたが、さすがにこのサイズは無理か。
「女子高生ならこれくらいいけるだろ」
それでも一応念押しで訊いてみれば、実優は勢いよく首を振った。
「……はぁ!? いけません!!! 無理ですっ!!」
絶対無理、と叫ぶ様子はいつもと変わりなく―――、少し安心する。
そのままいつも通りのちょっと強気で抜けたくらいがちょうどいい。
「なんだよ。食えねーのか?」
「こんなおっきいの一人でなんて無理ですよっ」
「わかったよ。じゃあ食べれるだけ食べて、あとは持って帰れ」
それでようやく納得したのか実優はしばらくケーキを眺めて切り分けた。
「お、おいしー!!」
結構大きめの1カットを頬を緩ませて食べている姿は幸せそうだ。
あっというまに食べ終えて、じっとまたケーキを眺めたかと思うとさっきより小さめに切り分けて食べだした。
さっきまでのぼんやりした様子なんてまるでなく満面の笑みになってる実優に、つられるように俺も笑ってしまうのを感じた。
それになんだかんだ言いながらこいつはケーキをまだまだ食べそうな気がする。
可笑しくてつい実優を見ていたら、戸惑ったように俺の方を見てきた。
「……んですか」
「いや、別に。そんなにケーキがうまいのかなと思っただけ」
甘いものはそんなに得意じゃないが、心底美味しそうに食べている姿を見たら、少しくらいなら食べてもいいかなと思った。
「美味しいですよ。食べます?」
「んじゃ一口だけ」
自分で取るのも面倒くさいから口をあけて食わせろと待つ。
訝しげにしている実優に早くしろとせかして食べたケーキは当たり前に甘く、一口でじゅうぶんだった。
紅茶を飲んで甘さを流していたら、実優の呟きが聞こえてきた。
「先生……。香水つけてるんですね」
「あめぇな……。あ? ああ。休日はな。学校にはつけていってないからな」
ストレートの紅茶を飲んでもまだ残る甘さに眉を寄せながら、実優の問いに応える。
「そうなんだ」
香水、という言葉に―――そう言えばと気づいてはいたけれど気にはしていなかったことを思い出した。
「お前も今日なんかつけてるだろう。甘ったる匂いがする」
甘いお菓子のような、フルーツとミックスしたような、甘党なら『美味しそう』と言えそうな匂い。
「はい。ともだちからクリスマスプレゼントに香水もらって」
もらった相手のことを思い出したのか実優はわずかに視線を泳がせた。
ほんの少し顔を赤らめ、そしてなぜか罰の悪そうな顔をしている。
「ふーん。食いたくなるような香りだな」
プレゼントを渡したのは―――男か。
直感だが、実優の反応を見る限り間違いないような気がした。
プレゼントした男は、こんな甘ったるい匂いをさせた実優をどうする気だったんだろうか。
"食いたくなる"ような気持ちになったりしたのか?
妙に胸がむかついた。
クソ甘い香水の香りに胸焼けがしたからだ。
「え……。そういう気分じゃないんですけど」
実優は何を勘違いしたのか真面目な表情で拒否するように小さく首を振っている。
「ハゲ。俺は万年発情期じゃないぞ」
こんな甘い香りより、いつもの何もつけいない、たまにつけてるコロンくらいの匂いのほうがよっぽど欲情する。
「え!? 嘘だぁ!!」
俺の否定に、すかさず大声を上げる実優。
本当にこいつは俺のことをなんだと思ってるんだろうか。
確かに会えばいつもヤってたが―――それにしても。
「おいこら、実優」
性欲ばっかりじゃねーんだぞ、と睨むと実優はふっと表情を緩め笑いだした。
だがそれは一瞬後、微妙に変化する。笑顔のまま、しかし瞳は真剣で俺を見るとなんでもないことのように謝ってきた。
「さっきはびっくりしたでしょう? すみませんでした」
それがさっきの、あのことを指していることはすぐにわかった。
別に、と言った声が温度の低いものになってしまっていることに自分で気づく。
そのそっけなくもとれる声色になにも言うでも、思った様子もなく実優はさっきの状況へ至った原因について説明しだした。