EXTRA GAME / Change 7

「2人のどちらにも気がないのに、気を配ってどうなる。不用意な干渉は誤解を招くのがオチだ。それにライバル関係イコール友人関係が崩壊するとは限らないだろ」
横目に実優を見ると、うつむきがちになって顔を曇らせている。
納得していないのは目に見えて明らかだ。
まぁ実優の性格からして、好意うんぬんじゃなく仲違いするかもしれないということが不安なのかもしれないな。争いごととか苦手そうだし。
「でも。自分のせいで―――2人の友人関係が揺れてしまってると思ったら、苦しいじゃないですか」
「自分のせいと思うのがそもそも間違いだ。相手は勝手にお前のことを想っているっていうだけだろ」
感情なんてものは意識して操作するものじゃない。
とくに好意以上の感情を簡単に得られるわけでもない。それが恋か、そうだという思いこみか、いくつかパターンはあるだろうが、負の感情に転ぶことは容易くても逆はそうはいかない。
俺は―――ある程度の"好意"しかこれまで持ったことがなかったないから、そう思う。
「でも!! 私もともだちだから、気になるんです! 片思いで、一方通行で、苦しいのに、それなのにともだちも同じ人を好きだなんて知ったら……」
実優の言葉は不安と心配と、そしてそれ以外のものに彩られている。
二人の友達だという男たちの想いに自分を重ね、その辛さを想像しているんだろうが、俺にしてみれば無駄としかいえない。
半分を切った煙草をもみ消し、苦いものを吐きだす。
「それはお前の場合だろう。それもお前は女で。男も一緒だとは限らないだろーが。男はいちいち気にしないよ。同じ相手を好きになった奴が友人だろうが、兄弟だろうが、本気で好きになったら止められないのが好きになるってことじゃないのか」
本気で欲しいものがあったとして、それを他人に譲ることができるのか。
不意に思い出したのは昨夜の玲子。
まさか二日連続で他人の恋愛に絡むとは思ってもみなかった。
車はクリスマスでにぎわう街を進んでいくというのに、車内に漂うのは重苦しい空気。
「でも、でも。でも」
上擦った声で必死な様子で実優は俺の方を身体ごと向き言い募る。
「友人をなくしたら?」
「何かを得るには失う場合が多いんだよ」
友情をとるか恋愛をとるかもまた当人次第。
友人のために諦めたとしたって後悔は残るだろうし、自分の気持ちを優先させたとしても後悔は残る。
犠牲のない幸せが最上だろうが実際何事にも犠牲は大なり小なりあるはずだ。
「失う?」
わずかに低くなった実優の声に気づきながらも、俺は続けた。
「欲しいモノ、願うモノ、全部まるごと自分のモノになんて出来ないんだよ。世の中はそんなに都合よく回ってない―――。だから、本気で欲しいと思ったモノを得るのなら、なにか失ったって―――」
「失ってしょうがない!!!なんて、そんなのないっ!!!」
突然それまでとは違う、空気を裂くような鋭い声で実優が叫んだ。
「失う、って、簡単に言わないでっ!!」
思わず視線を向けると激情にかられた表情で悲痛さをまとい、叫び続ける実優がいた。
「人なんて、簡単に、死んじゃうのにっ。当たり前の明日なんてないのにっ!!」
それは初めてみる激しさで、ただ俺は困惑した。
なんだ―――?
実優の逆鱗に触れるような、なにかが―――。
「……ッ!」
視界の端に割り込んでくる車が映った。
慌てて実優から前を向くと信号が赤にかわるところで、そして割り込んだ車がゆっくりと停まりかけたところだった。
急ブレーキを踏む。
タイヤの擦れる音。軽くバウンドする車体。
前の車とほんの数センチのところで車は停まった。
ほっと安堵とともに舌打ちをする。
「あぶねーな!」
割り込んだ車に悪態をつき、助手席の実優は大丈夫だろうかと視線を向けた。
「――――……おい?」
俺の目に映ったのは血の気が失せ凍りついたように身を竦ませている実優の姿だった。
「……おい? どうした?」
様子のおかしい実優へと手を伸ばしかけた。
寸前で、その身体が小刻みに痙攣し始めて止まってしまう。
尋常じゃない雰囲気に眉を寄せると―――実優の唇がゆっくりと開き、絶叫を上げた。
悲鳴に近いそれに思考が一瞬止まってしまう。

――――イヤァ。
――――パパ。
――――ママ。
――――イタイ。
――――アツイ。
――――イタイ。

気が触れてしまったかのように喚き叫ぶ姿に、背筋がぞくりと粟立つ。
なんだ?
そう思ったのは一瞬。
考えるより先に身体が動いていた。
何かから逃げるように暴れている実優の両手をつかむ。どこにこんな力があるのかというくらいに暴れるのを必死に抑えつけた。
「実優! おい、しっかりしろ!! 実優!」
その目を覗きこんで叫ぶが、焦点のあっていない目は俺をうつさない。
心を切り裂くような恐怖と苦しさの入り混じった叫び声に、息苦しくなる。
そんな声を聞きたくなくてとっさに唇を塞いだ。
きつく拘束するように抱きしめて、唇同士を触れ合わせながらも叫び続けようとするその口内に舌をにじりこむ。
途端に鈍い痛みが走り舌に焼けつくような熱さと、血の味を感じた。
舌を噛まれたというのはわかった。けど、構わずに実優の舌を追って無理やり絡める。
逃げようとする舌を捉えるために深いキスになった。
キスと言っていいものかはわからない。ただ叫びを抑えるために塞いだ唇は、絡ませた舌は俺を拒絶するから、それに少しだけ苛立った。
早く、応えろ。
早く、俺を感じろ。
貪るようにキスを続けていき、徐々に実優の抵抗が弱まっていくのがわかった。
強張っていた身体から力が抜けて、次第に俺へとすがりついてくる。
それにひどく安堵しながら、まだ気を抜くことができずにキスを続けた。
外ではもう信号は青になってるんだろう。後ろや横から何度かクラクションを鳴らされている。
だがどうしても離れにくく―――、ようやく離れたのはもうしばらくしてからだった。
シートに力尽きたようにもたれる実優はぼんやりと俺を見てる。
俺も、なにも言えずにただ視線を向けていた。
いまのがなんだったのか。
それをいま訊くことなんてできるはずもなく、俺自身なんともいえない重苦しい気分に、声を発することができなかった。
ハンドルを握り、再三鳴らされているクラクションに、車を発進させた。
行き先は俺のマンションに変更し、車を走らせる。
車内は着くまでずっと無言だった。
なにをどうするべきか――――。
耳にこびりついている実優の叫び声に、そっと息を吐きだした。