EXTRA GAME / Change 4

「玲子」
そっと囁いて、その髪を撫でると小さく肩を震わせた。
「お前の言いたいことはわかった」
好きになった女がいなくても、好意を向けられた経験ならいくらだってある。
本気で俺を好きだと言った女のことを思い出せば、通じ合うことのできない想いがいかに辛いものかってことも理解している。
人間関係ならつけれる折り合いも、恋愛が絡むと途端に均衡を失くしてしまうっていうことも。
だから、俺がいま玲子にしてやれることは―――……。
「一時間後、兄貴にここへ来るよう言うから、ちゃんと話つけろ。猶予は1時間あるから、その間に覚悟決めておけ」
少しだけ声を低くして言うと、勢いよく玲子が身体を起こす。
それと同時に俺もベッドから離れドアへと向かった。
「ちょっと、晄人!!」
「兄貴は婚約をした。お前にとってはもう後がないのも同然だ。これ以上放置してどうなる。お前ももういい歳してんだから、とっとと区切りつけて次に行け」
ドアノブを回しながら肩越しに玲子を振りかえる。
ベッドの上で呆然と座り込む玲子の顔は真っ青で―――、それにニヤリ笑いを向けてやった。
「友達としての善意だ。ありがたく受け取れ」
「―――……晄!!」
そして問答無用でドアを閉めた。
途端にドアが鈍い音とともに揺れた。たぶん枕でも投げつけたんだろう。
だが追ってこないということは、迷いがあるイコール話をつけたいとも思っているということ。
半分をきった煙草を深く吸い、パーティへと戻った。









そして、きっかり一時間後。
ちょうどトイレへと行った兄貴を追いかけて、出てくるのを待つ。
「………晄人? びっくりしたな」
トイレのドアを開けるなり俺がいたから兄貴はわずかに目を見開いた。
「ああ、ちょっと話があってさ」
手を洗っている兄貴を眺める。
兄弟だから似てはいるが、雰囲気がまるで違う兄貴とは6歳差。
長兄だけあって昔から面倒見、人当たりがよく密かに女にモテていたのは知っている。
派手な女性遍歴はないだろうが、1年ペースで恋人は変わっていた。
そんな兄貴が結婚相手に選んだのは見合いで出会った貴子さん。
松原グループの後継者として見合いは腐るほどあったはずだが、親父の意向で断っていいとされていた。
実際何回かした見合いも断っていたが、今回結婚まで進むことになったのは運よく見合いから恋愛に発展したかららしい。
俺より一つ年下の兄貴の婚約者貴子さん。
おっとりしていて清楚という言葉が似合う純和風な美人。
7歳差だが兄貴と並んでいてると和やかな雰囲気が漂っていて似合っていることは似合っている。
「仕事の話かな?」
「いや―――」
だが玲子と喋っている姿も案外似合ってる。
正直あいつが俺の義姉になることなんて想像もしたくはないが……、一応幼馴染として少しは協力してやろう。
クリスマスパーティの、しかも婚約を発表した席で玲子に行動をおこさせるということがどういうことか。
万が一通じ合えば、このパーティが台無しになることはわかってはいる。
が、玲子には悪いが―――兄貴は玲子の話を聞いても揺らがないだろう。
「玲子が話があるって」
「玲子ちゃんが? なんの話だろう?」
不思議そうに兄貴は目をしばたたかせている。
「さぁ、俺が知るわけないだろ」
素っ気なく返すと、洗った手を拭きながら兄貴は少し笑った。
「ああ。もしかしたら晄人の話かな?」
「………は?」
何で俺が出てくるんだ?
今度は俺が不思議に思って首をひねった。
「なかなかちゃんと付き合おうと言ってくれない、とか?」
からかうように目を細めた兄貴に―――思わず絶句した。
何言ってんだ、と一瞬軽く混乱した。
というかまさか、セフレだって知ってるのか?
「……なんだ、それ。俺と玲子は単なる幼馴染だぞ。それに玲子みたいなのはタイプじゃない」
タイプうんぬんより恋愛対象外としかいいようがないが。
とりあえず玲子のためにも誤解を解いておかないと、これからの話がこじれそうだな。
ややこしい展開に軽くため息をつきながら、首を横に振りながら改めて兄貴を見た。
「俺は玲子は対象外だし、もちろん玲子玲子もちゃんと好きなやついるしな。まだうまくいくかは知らないが」
「そうだったんだね。玲子ちゃんみたいに可愛い子なら大丈夫だろう」
呑気そうに笑う兄貴に、お前のことだよ、と言ってやりたくなるのを我慢する。
「とりあえず、俺の部屋にいるから。行ってやってくれ」
「わかったよ」
まったくこれから何が起こるかわかってないだろう兄貴は躊躇いなく頷くと「行ってくるよ」とリビングへと戻っていった。
ついでに俺もトイレを済ませてリビングへ行くと、ちょうど貴子さんから離れていく兄貴が二階へと上っていくところだった。
「……頑張れよ、玲子」
そう呟いて、兄貴の後ろ姿を見送った。
が――――。
ほんの数分で兄貴は降りてきた。
「玲子は?」
内容が内容だけに話すのに手間取りそうなはずなのに、短すぎる時間と、兄貴の様子はさっきとまったく変わっていない。
兄貴は俺を見ると、笑った。
「お前の部屋にはいなかったよ」
「いなかった?」
「そう。それじゃ、貴子さんのところに戻るから」
あいつ、いつの間に帰ったんだ。
眉を寄せる俺に、兄貴はあっさりそう言って婚約者のもとに去っていった。
―――あいつ……、今度会った時は智紀と一緒に説教だな。
逃げた玲子に深いため息をついた。