EXTRA GAME / Change 5

パーティは零時を過ぎたころ解散になった。
久しぶりに小さい規模にしろ社交の場にでたせいか疲労感が大きくてシャワーを浴び終えると、ベッドに伏して気づいたら寝てしまっていた。
翌朝起きたのは8時ごろ。
日ごろは6時半ごろ起床するから少しは朝寝坊したことになる。
自室のカーテンと窓を開けて空気を入れ替えた。
冬の冷気に脳がクリアになっていく。
ほんの少し体内に酒が残ってるのを感じながら、寝起きの煙草。
すっきりとした晴れではない、少し曇った空に雲と似た色の煙が立ち上っていく。
それを眺めながら、今日はどうするか考えを巡らせた。
実家でのんびり過ごすのもたまにはいい―――か、と考えたのはほんの一瞬で、朝ごはん食ったら帰ろう。
すぐに思いなおした。
変に長居して姉貴やお袋に絡まれてもウザイしな……。
家に帰ってゆっくりすることにして、とりあえずは朝食のためにダイニングに向かった。
「おはよう」
昨日は片づけもあっただろうにいつもと変わらない様子でキッチンから声をかけてくるお袋。
ダイニングからつづくリビングのソファには親父が新聞を読んでいた。
上ふたり兄姉の姿はない。
「おはよう」
ダイニングテーブルに着くと、すこしして純和風の朝食が並べられた。
味噌汁に焼き魚、サラダとご飯。とりたて珍しくもなくごく普通のメニュー。
「今年は晄人が一番早起きだったわね」
すでに親父と一緒に朝食をすませていたらしいお袋はお茶を持って向かいのイスに座った。
「みたいだな。つーか、姉貴がまともに起きてきたことなんてないだろ」
毎年行われるイブの日のパーティ。親しい間柄ばかりの人たちが集まる分、酒の入りも良いしはめもはずしやすい。
そのおかげでいつも姉貴はクリスマスの日は二日酔いで昼まで寝ている。
「そうねぇ、美咲は無理だわね」
「まぁ、兄貴がまだなのは珍しいかもな」
だいたいはいつもお袋、親父、そして兄貴の順で起きてきているらしく、俺はいつも四番手の朝食だった。
「貴子さんを送っていって帰ってくるの遅かったみたいだから、疲れているのかもね」
「……泊まらせればよかったのに」
婚約者、しかもクリスマスなんだから泊まっているのかと思ってたら違っていたらしい。
「まだ結婚前だから外泊はさせたくない、とか言ってたわよ」
「………」
おいいくつだよ兄貴。
そう思わず突っ込みたくなったが、味噌汁といっしょに飲みこんだ。
「相変わらず生真面目なやつ」
それでも少しだけ呆れて呟くと、お袋は何がおかしいのか楽しそうに笑ってる。
「晄人からしてみれば、いい兄ですものね」
どこか含みのある言い方の気がして魚を口に運びながら視線を向けた。
問うように向けたそれに気づいていないのか知らぬふりをしているのか、目が合ったお袋は「そうだったわ」となにか思い出したように立ち上がってキッチンへと入っていった。
お袋の言葉の真意を測りながらも、どうでもいいことでもあるからもくもくと食事を続ける。
すぐにお袋は戻ってきてテーブルのうえに大きめの白い箱を置いた。
「はい、晄人。メリークリスマス。あなたのよ」
「………」
箸を止めて箱を観察する。
どこかで見かけたことのあるようなその箱は―――勘違いでなければケーキが入っているはずだ。
「……中身は?」
「クリスマスケーキよ」
「………なんで」
お袋は箱の中身を開けてケーキを見せた。
何号サイズだろう? あきらかに3人分以上はありそうなでかいホールケーキはマカロンやフルーツをふんだんにデコレーションしたもの。
「クリスマスだからに決まってるじゃないの。持って帰りなさい」
「………俺に一人で食えと?」
甘いものが苦手というほどじゃないが、好んで食べることもない。
しかも大きめのホールを一人で食べるほど酔狂じゃない。
「あら、クリスマスなのよ? 昨日は無理だったから今日は一緒に過ごすんじゃないの?」
誰とだよ。
と、すかさず言い返しかけてお袋の浮かべた見透かすような笑みに言葉を飲み込む。
お袋が言ってるのは―――俺を平手打ちにした女、実優のことだろう。
「……今日は一人でゆっくり過ごすだけです」
余計なことを聞かれたくなく事務的に返した。
真実そのままなんだが、俺の言葉にお袋は首を傾げ小さく笑った。
「そう? なら今から誘えばいいでしょう」
「……お袋」
誤解している、そう言いかけた。遮るようにしてお袋がケーキを箱に仕舞いながら続ける。
「ほとんどの女性は甘いものが好きですからね。食べさせてあげなさいね?」
口調自体は柔らかだが有無を言わせない響きがある。
味噌汁を口に運びながら仕方なく曖昧に頷いた。









実家を出たのは昼前だった。
結局兄姉とも起きてこなくて、でかいケーキをお袋に持たされた。
クリスマスだけあって人通りはわりかし多い。学校はどこも冬休みに入っているから若いカップルやグループが多く見えた。
実優も友達とクリスマスを過ごしているんだろうか。
後部席に置いたケーキの箱をさてどうするか迷ってしまう。
捨てるのはもったいないが、お袋の言うとおりに実優に連絡をとるのもどうかと思えるし微妙だ。
めんどくせぇな……。
ため息が口をついて出たとき、ちょうど赤信号へとかわりブレーキを踏んだ。
何気なく道路を眺めると反対車線にバス停まっていたバスが動き出した。
そしてバス停が目に入って―――そこに。
「……実優?」
横顔だけしか見えないが、たぶん実優が歩いている。
偶然というか、ラッキーというか。
これでケーキの処理ができる、と―――その時の俺はそんなバカなことを考えていた。