EXTRA GAME / Change 3

「……いまさらでしょ」
くぐもった玲子の声が服越しに肌に響く。
「いまさらもなんもねーだろ。お前はいったいどうしたいんだよ。このままがいやならとっとと告白でもなんでもしてこい」
冷たく言うと、俺の胸に手をついて玲子が起きあがった。
「いまさら」
「ならとっとと諦めて他に男見つけろ」
「無理」
「………もう智紀とかでもいいんじゃねーか?」
「絶対イヤ」
ありえない、と言わんばかりに首を振って玲子はワインをまた飲み始めた。
ため息一つついて、俺もまた吸いかけの煙草を口に咥える。
しばらく沈黙が流れて部屋の中には時計の秒針が進む音だけが静かに響いていた。
「それなら……晄人が私の立場だったらどうするの?」
感情の見えない声が訊いてくる。
質問の意味がわからずに眉を寄せ、そのまま返した。
「はぁ? 玲子の立場ってなんだよ。お前はただ見てただけだろうが」
「私にもいろいろあるのよ」
「好きならぶつかっていけばいいだけの話だろ」
「まともな恋愛したことない……初恋もまだの晄人がそれを言う?」
顔を上げ、からかうように目を細める玲子を睨みつける。
どうしてこう俺の周りにはふてぶてしい女ばかりが集まっているのか。
姉貴初め玲子といい、あの天然娘といい。
だが実際まだ恋愛感情故の"好き"というものを経験したことはないのは事実だから苦虫を潰し煙草を吸う。
「初恋はまだでもわかるもんはわかんだろ。本当に欲しいものがあるのにそれを黙って手をこまねいてるなんて真似、俺には出来ないな」
おそらくもう10年近く片思いをしているはずの玲子の気持ちはまったくわからない。
どんな理由があれ、見ているだけでいいのなら、その程度の気持ちじゃないのかと言いたくなる。
そこになにか別の意図も含まれてるのならともかく。
「じゃあ……もし晄人なら、たとえ相手に婚約者がいても奪うわけ?」
玲子は俺から目を逸らし、本棚のほうをぼんやりと眺めながら呟いた。
半分以下になった煙草を灰皿に押し付け、二本目の煙草を取り出す。
それに火をつけながら―――「当たり前だろ」と短く返した。
ふっと玲子がこちらを見て笑う。
「当たり前、なんだ。相手が自分を好きじゃなくても?」
さっきまでとは一転して、どこか冷ややかさを含んだ声色になっていた。
俺を一瞥しながら一つにまとめていた髪留をとる。長い髪が肩に広がる。
胸を覆うくらいの長い髪は、きっと紘一の好み。
俺と違って女に関しても真面目で通っている紘一が家に連れてきたことのある女はいずれも長い黒髪の綺麗な女だった。
「尽力つくしてダメなら、最終的には諦めるさ。まー、俺のことを好きにさせる、けどな」
言うなり、玲子が呆れたようなため息をつく。
「晄人って本当に……自信過剰よね。どこからその自信が沸いてくるのかわからないわ」
「ただ見てるだけというよりはマシだろ。別に誰も力づくで奪い取るなんていってないさ。ただ後手にまわるよりは状況を見つつ攻めたほうが性分には合う」
「ふうん。だから強気で押してくる子には結構付き合ってあげてたんだ?」
皮肉めいた笑みを浮かべる玲子。
それに煙草の煙を顔面めがけて吐き出すことで答えた。
煙たさに玲子は咳き込んでいる。しばらく息を整えてから、またため息を吐きだした。
「晄人、早く初恋くらいしなさいよ」
唐突に話を横道に逸らしてくる。
空になったグラスにワインをそそぎ、味わうでもなく一気に玲子は飲み干した。
その様子はいつものヤケ酒のパターンで、眉間にしわがよってしまう。
だがいつもとは違ってここは実家、それに俺は数杯飲んでいるが素面に近いから間違いを起こすことは万が一にもない。
「俺のことより、お前だろ。それに心配してもらわなくても、一生のうち一人くらいいつか好きになるさ」
「いつか、じゃなくって。さっさと恋しちゃいなさいよ」
「……意味分からん、酔っ払い」
瓶は空になり、玲子は最後の一杯となったワインを半分ほどまた一気に飲んでいた。
「晄人も人を好きになってみたらわかるわよ。恋愛は単純なものじゃない」
「別に単純なものだなんて一言もいってないだろ」
煙草はどんど短くなっていっている。灰を灰皿に落としながら、部屋中に充満した煙を眺めた。
「好きな人に自分のことを好きになってほしい、そう思うのは当たり前のことだけど。でも、だからってみんなが攻め手にまわれるわけじゃない。頑張ったところで好きになってもらえるわけでもない」
「だから黙って見ておく、か? もしなんらかのアクションを起こしていたら通じていたかもしれないとしたら?」
「だから」
本当に最後の最後。ワインを飲み干し、玲子は俺を睨みつけてくる。
「だから、晄人も早く恋愛しなさいって言ってるの!! 他の人のものになってるような女性を好きになって、苦しめばいいのよ!!! そしたら私の気持ちだって、もっとわかるわよ!!!」
「………」
普段の冷静沈着さはなりをひそめ、悪酔いしたらしい玲子はとてつもなく理不尽なことを叫ぶとわっとベッドに伏した。
「……おい。……魔女の呪いのようなこというなよ」
明らかに完全な八つ当たり。だがいつもよりも酔いが回るのが早い様子に、相当今日の婚約発表が堪えていたことがわかるから、俺も少し言いすぎたかなと思った。
うつ伏せになって身動ぎしない玲子の傍らに移動し、その耳元に唇を寄せた。