EXTRA GAME / Change 2

自室に行ったのは親父の挨拶が終わって1時間以上経ってからだった。
軽食と、ワインを一本持って自室に入ると玲子はベッドに腰掛け本を読んでいた。
経営学関連の色気もない書籍を真面目な表情で目を通している姿に笑いながらその傍らに腰かける。
「お前、ちゃんと食ったのか? 持って来たぞ」
部屋にはセミダブルのベッドとデスク、あとは本棚しかない。
テーブルなんてものはないからベッドの上に軽食などののったトレイを置く。
「ありがとう」
微笑む玲子が手にしたグラスにワインをついでやる。
グラスを合わせ、しばらく無言で飲み食いしていた。
「―――晄人、どっか行かない?」
すでに3杯目のワインを飲んでいる玲子が首を傾げて俺を見つめてくる。
酔いのせいか潤んだ瞳。甘さを含んだ声。
その辺の男なら一発で落ちるだろう、と考えながら「行くわけねーだろ」と返した。
途端に拗ねたように口を尖らせる玲子に、今度は我慢せずため息を吐きだす。
「そもそもなんで今日来たんだ」
「なんでって、招待されたから」
「招待されたからじゃないだろ。こうして俺の部屋に引きこもるくらいなら最初から来るな」
わずかばかり冷ややかな言い方になってしまった自覚はある。
実際玲子にはこれくらい厳しい言い方をしても効かない。
「冷たいわね、晄人は。そんなんじゃモテないわよ?」
クスクス笑う玲子に、鼻で笑う。
ワインを一飲みしていると、ねだるような眼差しが向けられた。
「ね、晄人」
「却下」
すべての言葉を聞き前に返事をすると、玲子はまた不服そうに眉を寄せる。
「……据え膳食わぬは……じゃなかったの?」
ベッドが軋んで人ひとり分開いていた距離を縮めるように玲子がすぐそばに寄ってきた。
据え膳、か。
ただの友人―――だった玲子と関係を持つようになったのはいつだったか。
玲子と初めてあったのは小学生のころ。だが玲子とは学校が違ったから顔を合わせるのは月1程度だった。
長い付き合いだが別に特別な感情なんてものあるはずもなく、行為に及んでしまったのはまったくの偶然の産物だとしかいえない。
確か大学時代に泥酔して、その勢いでとかいうことだったのだけ覚えている。
一夜限りのはずがこうも長々関係を続けることになってしまったのは、まさしく据え膳食わぬは男の恥、あたりがあるかもしれない。
『玲子に手を出すなんて、お前鬼畜?』
いつだったか智紀に呆れられたことを思い出していると、俺の腕に手を回し玲子がしなだれかかってきた。
ふわりと漂ってくる香水の香り。たしかブルガリだったはず。
きつすぎないほんの微かに香ってくる程度のそれは身体がよく知った匂いで反応しそうになる。
誤魔化すために煙草を取り出して火をつけた。紫煙が室内にくゆる。
「晄人」
煙草を手に持っていたせいでそちらに気を取られ、玲子にぐっと力を込められベッドに二人で倒れこんだ。
目に映る天井に、再びのため息をつきながら灰皿を手繰りよせて煙草を置いた。
それから玲子へと視線を向けるが無言で俺の胸に顔を伏せてる。
再三のため息がでそうになるのをこらえ、玲子の髪を一房取ると軽く引っ張った。
「言っとくが、シないぞ? なんで実家でわざわざシなきゃなんねーんだよ」
「……なら出かける?」
「それに、あて馬になる気もない」
だいたいなんでこの俺が一日に二回も―――別の男のことを考えてるような女を相手にしなきゃならねーんだ。
もちろんそれをそのまま言うことはないが、昼間保健室でのことを思い返しながら玲子へと言葉を吐きだした。
玲子の肩が小さく揺れる。
「だいたい今日来たってことはそれなりに覚悟してきたんだろ。いい加減諦めるか、奪略するかの根性見せろ」
セフレ、といっても頻繁に会ってるわけでもヤってるわけでもない。
玲子とは数カ月に一度といったところ。それもたいていは―――こいつのヤケ酒に付き合った延長のものだった。
それも全部は。
「挙式は再来年の春の予定だ。まだ1年と少しの猶予はあるぞ? 公に広める前に、はっきりしろ」
―――長兄紘一のせい。
いや、"せい"というのは語弊がある。ただ、玲子が兄貴のことを好きだ、というだけなのだから。
それだけで玲子はろくに兄貴へモーションをかけていないはずだ。
「見てるだけでいいというなら、黙って兄貴が結婚するのを指くわえて見てろ。そうじゃないなら、はっきりケジメつけろ」
若干きつい物言いになっているが、これもずっと前から言ってることだ。
飲みに行くたびに説教して、聞いてるのか聞いてないのかわからない玲子とともにぐだぐだ酒飲んで、気づけばホテルというのが習慣になっていた。
『お前も玲子も馬鹿?』
そのたびに智紀から氷点下の笑顔を送られたのも習慣だった。