EXTRA GAME / Change 1

仕事を終わらせて学校を出たのは6時少し前だった。
マンションに一旦戻りシャワーを浴び着替える。
実家で行われるパーティーはあくまでホームパーティー。親しい間柄の人たちばかりだから正装する必要もない。
逆にみんなラフな格好で参加している。だから俺もいつもの私服と大差ないストレートデニムにVネックのニットを着、ジャケットを羽織って実家に向かった。
愛車であるホワイトのBMWを実家の駐車場に停める。すでに駐車場には数台の車―――いずれも高級車が停まっていてすでにゲストが到着しているのがわかった。
パーティの開始は7時半。俺の時計が示すのはその10分前で、ギリギリの到着だ。
身だしなみを整えて玄関から入るとにぎやかな空気と食欲をそそる匂いが充満していた。
「お帰り、晄人」
出迎えたのは長兄の紘一。身長は俺と同じくらいだが俺よりも細身。ちゃんと度の入った眼鏡をかけた姿は誰が見ても良い人そうという印象しか与えないものだ。
「ただいま……。遅くなったな」
「いや、別に大丈夫だよ。適当にみなさん食事されているからね。親父の挨拶は8時くらいを予定しているから」
そう俺に笑いかける顔はお袋によく似ている。
内面は―――……誰だろう?。
「ああ。わかった」
頷きながら視線を走らせると智紀の両親と話している親父とお袋がいた。
リビングはもともと商談や小さいパーティが出来るようにと広めにつくられていた。2階は吹き抜けで階段下にはベンチが据えてあり、一角にはフリースペース、あとはいくつかのソファーが置いてある。
給仕はもともといる家政婦とあとはパーティのときに頼む業者の人間。
クリスマスパーティだけあって大きめのツリーが飾ってある。
「とりあえず挨拶してくる」
「いってらっしゃい」
本当に誰に似たのか。家族の中で一番柔らかな笑みをたたえる兄貴に背を押され、俺は挨拶のためにぎやかな空間の中に滑り込んでいった。










「久しぶり」
リビングのわりと端のほうで姉貴と喋っていた女―――玲子がワインを飲みながら俺に笑いかけてきた。
「ああ。……久しぶり、か?」
胸の位置まである長い髪を横で一つにまとめ、黒のワンピースにボレロ風のカーディガン。
俺と同い年の玲子は誰が見ても目を引く容姿をしている。
見た目派手な姉貴と並んでもなんの遜色もない、綺麗な女。
昔から家族ぐるみで付き合いのある総合商社の社長令嬢。
「あら、違ったっけ? そういえば一カ月前に会ったかな?」
玲子は首をわずかに傾げ悪戯気な笑みを口元に浮かべた。
そういえば玲子に会ったのは確かエミだかエリだかいう従妹と一緒だったときだ。
まさかと思うがあのエミかエリか、この前中途半端だが学校でシたこと言ったんじゃないだろうな。
実優と出会うきっかけになった日を思い出す。
あれっきりあの玲子の従妹には会うことはなかったが、玲子の様子を見ると事情を知ってそうな気がする。
「玲、こんな男に関わってたらだめよ!」
唐突に横やりを入れてくるのは姉貴。
腕組みして胡乱な眼で俺を見てくる。
「……こんな男が弟なんだけどな?」
冷ややかに姉貴を一瞥するが、向こうも冷ややかに返してくる。
「そうだったかしら? そうそう、玲聞いてよ。こいつこの前、女に引っ叩かれちゃってるのよ!」
どうしてこうも口が悪いというか軽いのか。
舌打ちしてしまう。
「美咲、余計なこと言うな」
「美咲御姉様でしょう?」
姉貴、と最近は呼ぶようにはしているが元々は呼び捨てで呼んでいた。
そのたびに訂正+鉄拳が飛んできていたが……。
「相変わらず仲がいいわね、晄人も美咲さんも」
「「どこが?」」
玲子の言葉に思わずハモってしまい、お互い顔を背けた。
「それにしても晄人を引っ叩くなんて。というか引っ叩かれるなんて珍しいわね?」
おかしそうに声をたてて笑う玲子。
修羅場は何度か経験したが、実害が及ばないようには対処していた。
それにこの前のは引っ叩かれたとかそういうのではない―――が、それを説明するわけにもいかない。
何も言わずに持っていたワインを飲む。
「―――失礼します。シャンパンをどうぞ」
ちょうど救いとばかりに家政婦の昭子さんがシャンパンを持って来た。
それを受け取ると、姉貴は「向こうにいってくるわね」とその場を離れていった。
姉貴の向かった先には親父とお袋、そして兄貴と―――その婚約者の貴子さんがいる。
「行かなくていいの?」
ちらり向けられる玲子の視線を感じながら「別にいかなくてもいいだろ」と返す。
しばらくして親父が手を大きく打ち、その場は静まり返った。
腕時計を見れば8時を少し回ったところ。
「―――今日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
予定通り、親父の挨拶のはじまりだった。
簡単な礼を述べ、クリスマスを楽しもうという話をし、そして親父が兄貴と貴子さんを手招く。
「実はこのたび、長男の紘一と―――……」
「………晄人」
よく響く親父の声。それにまぎれるように小さな声が俺を呼び、服の裾を引っ張ってくる。
横目に見れば、一気にワインを飲み干してしまったらしい玲子が上目に見上げてきた。
「………晄人の部屋、行ってていい?」
思わず、ため息が出そうになるのを我慢して頷く。
「ああ。……行ってろ。俺もあとで行くから」
俺の言葉にふっと笑みをこぼし、玲子は静かに階段を上っていった。
それを見送り正面へと向き直るとちょうど兄貴が貴子さんを紹介しているところだった。