EXTRA GAME / Fragment 6

「………それから一人なのか?」
10歳から一人暮らしができるわけはないだろう。
父方か母方の祖父母、もしくは親戚か、誰かと一緒に住んでいたはずだ。
なのに思わずそう訊いてしまったのは、どうしてか。
あまりにも淡々とした実優の表情のせいかもしれない。
諦観なのだろうか?
―――なんにしろついさっきまで顔を赤くし抵抗していた実優からは想像できない、いやに大人びた眼差しをしていた。
「いえ。ゆー……、えっとママの弟……、つまり叔父さんさんが私のことを引き取ってくれたので。
ただ3か月前に海外赴任になっちゃって、その関係でいまの学園に転校することになったりしたんですけど」
だがその眼差しが急に和らぐ。
ほんの微かに口元を緩め説明をする実優を見て、少しだけ、わかった気がした。
こいつは―――。
「ふーん」
とりあえずそれだけ、返す。
一瞬驚いたようにした実優を瞼を下ろすことによって遮断した。
「……せんせー?」
俺が訊いたのは帰省のことだけで、それに対する答えが『両親が亡くなっている』イコール帰省はないということだ。
答えを得た以上、たとえば亡くなっている両親のことについて訊くことや特別な言葉をかけることは俺の中では話が違う。
だから話は終わったのだと示すように目を閉じた。
しばらくの間、実優からの視線を感じていたがほんの少しその体温が俺に寄り添ってきて―――いつのまにか寝息が聞こえてきた。
ゆっくりと瞼を上げると、あどけない寝顔が目に映る。
正直に言えば、実優が告げた事実は予想外だった。
ビジネスの上で人を見極めるのは重要なことだ。人を見る目を養うようにとは幼少時から言われていたことだった。
もちろん学校でも変わりない。生徒の個々の性格をきちんと把握していたほうが指導もしやすい。
「……まだまだだな、俺も」
天然そうで、いつも笑顔でいるから当たり前のように家庭に恵まれた子供なのだろうと思っていた。
まさかそうではないなど、決して軽く言えるようなことじゃないことを抱えているとは考えもしなかった。
10歳の時ということは6年が経っている。たった6年だ。
時とともに悲しみは風化したとしても、両親が揃って、それも事故死という形でならなおさら受け入れがたいはずだ。
そうして思い浮かぶのはついさっきの穏やかな実優の表情。
両親を亡くしたことに対する実優の姿勢は諦観でもなんでもない。
こいつは―――実優はただ、受け入れているだけなのだ。
事実を事実として。
事実を過去を、拒否するでも目を逸らすでもなく。
両親の死を受け入れて、消化しているように感じた。
10代の少女がそうやすやすとすべてを認めることなどできるとは思えない。
きっと―――実優を引き取ったという叔父の存在が大きいのだろう。
叔父のことに触れたときの表情はとても柔らかいものだったから、きっと献身的に支えられ大切にされてきたんだろう。
きちんと両親の死に向き合うことができるくらいに。
実優にとってそういう人間がそばにいたことは幸運だったはずだ。
そっと手を伸ばし実優の髪を一房手に取る。
自然な栗色の髪をなんとなく梳くように撫でた。
その行動に特に意味はない。
ただ―――妙に………。
ふと思い浮かんだ言葉に、自嘲が漏れる。
それでもしばらくの間、その髪を撫で続けていた。



そうしているうちに再び睡魔に襲われて意識が遠のきかけたとき、なにか聞こえてきた。
「――――て……」
小さな消え入るような声に、眠りかけていたせいかそれが誰のものか認識できなかった。
重い瞼を持ち上げる。
「……実優?」
すぐそばにいる存在を思い出し、見て、眠気がわずかに飛んだ。
………なんだ?
ついさっきまで気持ちよさそうに眠っていたはずなのに、いまは―――苦しげな表情になっていた。
眉を寄せ、青ざめた顔。額には冷や汗が浮かんでいる。
「―――」
実優の唇が小さく動いて何か発したが、小さすぎて何と言ったのかまたわからなかった。
不意に違和感を感じて視線を落として気づく。
俺の胸元を握りしめている実優の手。
小刻みに震えているその手は、助けを求めるように強く俺のシャツを握っていた。
「………おい?」
その手に手を当て、もう片方の手で頬に触れる。
明らかにうなされている。尋常じゃない様子に起こすべきか悩んだ。
修羅場はあっても、いままでこういう状況になったことはない。
だが一向に苦しげな様子はかわりそうにないのを見て、迷いながらも頬にあてていた手を背中にまわした。
思い出したのはもう何時の話だったかっていうくらいに遠い子供のころ。
確か母親は俺が怖い夢を見たときに背中を叩いてくれてたなと、思い出したから―――同じように一定のリズムで実優の背中をそっと叩いた。
はたしてこれが有効かどうか。
もしこれで駄目だったら起こすしかないな。
そう思いながら、しばらくの間ずっと繰り返していた。
「……ん……」
だいぶ実優の顔色がマシになっているような気がする。
こぼれた声も苦しげなものではないし、もう一息か?
様子を見ながらあやし続けて数分後、ようやく寝息が元の安らかなものに戻っていた。
眉間のしわもとれていて寝顔も穏やかになっている。
思わずほっとしてため息をつきながらあおむけになった。
その反動で実優の手が俺のシャツから離れて行きかけて、腕のところで止まる。すぐに、実優の身体が動いて俺の腕を抱きしめるように絡みついてきた。
「―――………ちゃん」
安らかな表情で、さっきまでうなされていたのが嘘のように微笑しながらうわ言を呟いている。
今度は一体なんの夢を見ているのか。
友達と遊んでる夢でも見てるのか?
腕に実優の体温を感じながら苦笑を浮かべる。
滅多にないことをしたせいか急激に睡魔が襲ってきて、俺はあっというまに眠りの中に沈んでいった。