For You - sweet moment - 2

「樹先生めちゃくちゃかっこいいー! 私タイプ!!!」
一時間目が終わった休み時間、七香ちゃんが目をハートマークにさせながら叫んでる。
「確かにかっこいいわよね」
「でもチャラそうじゃねー?」
「興味ない」
羽純ちゃんが頷いて、捺くんが首を傾げて、和くんが興味なさそうに机に突っ伏す。
和くんと羽純ちゃんが並びの席で、いまふたりのところに集まっていた。
「実優もタイプなんじゃないのー?」
にやにやと七香ちゃんが私を見てくる。
「……え? 私!?」
なんでって、びっくりしているとみんなが「あ〜」って頷いている。
「ええ!?」
「だってさー、樹先生ってSっぽいし」
「うん、絶対Sだよね」
「実優ちゃんはMっ子だからなぁ」
「まぁでもアッキーよりはソフトそうじゃない」
「そうねー! アッキーは超ドSって感じだもんね! 俺様だしー!」
「だよなー。俺俺俺〜な感じだもんなー」
「………」
和くんを除く三人が言い合っている。
アッキーっていうのはもちろん先生のこと、なんだけど。
……私ってMっ子だったの!?
捺くんの言葉に衝撃を受けているうちにチャイムが鳴りだして解散した。
次の教科の先生が来て授業が始まる。
世界史のおじーちゃん先生の授業を聞きながら、もうみんなから気軽に"樹先生"って呼ばれてる先生のことを思い出した。
先生に似てるかなぁ……。
確かにSっぽそうな感じは受けるんだけど、でも―――……。
樹先生は―――。
「橘」
「……は、はいっ」
ぼうっとしていたらおじーちゃん先生にあてられて慌てて立ち上がった。
教科書を読まなきゃいけないみたいで隣の子に場所をこそこそ聞きながらなんとかその場はやり過ごした。











それからあっという間に昼休みになって昼食をみんなで食べているときに、樹先生が教室に来た。
「先生〜。お昼食べたんですかー?」
「お弁当つくってきてあげるよー?」
女生徒たちからそんな声がかかっていて、先生は「そのうちな」とあしらいながら教室を見回していて私と目があう。
「お前でいーや」
目があったまま、確かにそう言われた。
え――?
なにが、って思ったら「橘、昼飯食い終わったら職員室に来てくれるか。雑用頼みたいから」と樹先生。
すぐに教室の中がざわざわっとして私に注目が集まる。
「え? 私ですか?」
戸惑っていたら樹先生は少し笑って頷いた。
「そ。お前数学係な」
「数学係って!?」
「あのー、先生、ぼく学級委員ですけどー」
学級委員の野沢くんが手を上げて助け船をくれる。
「ああ、わかってる。でもお前らもいろいろ忙しいだろうし。同じ名字のよしみってことで、橘よろしく。とりあえずあとで来て。お前らにとびっきりの宿題プリント用意してやってるから」
にっこり、と満面の笑みを浮かべる樹先生に色んな意味でまた教室がざわめく。
でも宿題っていう言葉に私に向けられていた女の子たちの視線が減ったような気がした。
また樹先生と目があって、仕方なく頷いて見せると軽く手を振って樹先生は教室を出ていった。
「……びみょー」
数学係ってなんなんだろう、藍霧学園ってそういう教科ごとの係があるのかなぁ。
面倒臭いなぁなんてため息ついていたら捺くんがぼそりと呟いた。
「え?」
なんだろうって捺くんを見ると、羽純ちゃんまで「微妙」って笑う。
「なにが微妙?」
「なんで実優なのかなーって」
首を傾げる私に七香ちゃんが苦笑する。
「そうだよね、目が合わなきゃよかった」
「いや、あれは……ねぇ?」
「うん。わざと…」
「だよなー」
七香ちゃんたちが顔を見合わせて意味深な視線を交わしている。
その意味がわからなくって首を傾げていたらそれまで黙々と食べたいた和くんが「実優」と私を見つめてきた。
「なに?」
「あの男、気をつけろよ」
「……は?」
「おなじくー」
「おなじくー」
「実優ちゃん可愛いから、ね?」
七香ちゃんと捺くんが声をそろえて首を縦に激しく振って、羽純ちゃんが心配するように私に言った。
気をつけろ……って樹先生だよね。
なにをなにがっていうより―――樹先生はそんな気をつけなきゃいけないひとじゃない……と思うけど。
「……うん」
でもみんなが心配しているのが伝わってきたから笑って頷いた。
そのあとお昼ごはん食べ終えて職員室に行こうとしたら七香ちゃんたちが着いてくるって言だした。
なぜかわからないけど、樹先生のことを心配しているみたい。
別に何もないと思うんだけどなぁ。
苦笑しながら、大丈夫だよってなんとかみんなを説得。
みんなで行ったら迷惑になるし。
それに準備室じゃなくって職員室は他にも先生いっぱいいるんだからなにもないよ、って言ったらようやく頷いてくれた。
けど、
「でも気をつけなよ、実優。あんたぼーっとしてるから」
「そうそう。イケメンでSっぽいからって引っかかっちゃだめだよ、実優ちゃん」
七香ちゃんと捺くんが顔を見合わせて頷き合いながら言ってくる。
「……うん」
つっこみどころが満載すぎて顔が引きつっちゃいそうになりながら頷いて職員室に向かった。
お昼休み中ということもあって職員室も少しだけ騒がしい。
失礼しますってノックして入って、広い職員室内を見渡した。
樹先生は二年の学年主任の先生と話してる。
いま大丈夫かなぁ、と悩みながらとりあえず行ってみた。
私が近づいていくと樹先生は私に気づいて軽く手を上げると話を終わらせているみたいだった。
「―――わかりました」
ちょうど樹先生のところについたときには樹先生が頷いていて学年主任の先生は入れ替わりに立ち去って行った。
「悪いな、橘」
「あ、いえ」
樹先生は私に視線を向けて小さく笑う。
なんだか今日初めて会ったとは思えないというか、すっごく樹先生は職員室の雰囲気に溶け込んでるし、ずっと前からこの学校にいたような気がしちゃう。
「じゃあ、行くか」
もうお昼ご飯は食べ終えてるのか資料っぽいファイルを閉じた樹先生が立ち上がる。
「え?」
「準備室についてきてもらっていいか。いろいろとあそこに置いてきたんだよな」
「……はい」
正直内心準備室まで行かなきゃいけないんだ、ってがっかり。
「悪かったな」
顔に出ていたのか樹先生が苦笑して立ち上がった。
「だ、だいじょうぶです」
慌てて私も苦笑いを返しながら歩き出した樹先生のあとについていった。
廊下に出て準備室に向かっていると生徒たちがちらちら樹先生に視線を送ってる。
やっぱりカッコイイからだよね。
女生徒たちがすっごくきゃあきゃあ言ってるのが聞こえてきた。
ずっとこの学校にいたらすごく人気の先生になりそう。
「なぁ」
「……へ?」
ポケットに手を突っ込んで周りの視線なんて全然気にする様子もなく歩いていた樹先生が前を向いたまま話しかけてくる。
「この学校広すぎ。俺迷いそうなんだけど」
「藍霧はそうでもないんですか?」
姉妹校だし、樹先生のいた藍霧学園もひろそうなイメージがあった。
「うん? 姉妹校っていっても経営者は違うしな。ここはあれだろ、松原グループが運営してる学校だろ?」
"松原"って言葉にちょっとドキッとしてしまう。
以前先生のお祖父さまが理事長として在籍していたんだけど私が二年にあがったときにそれまで理事長代行で着任していた先生の叔父さんにあたる人が後を引き継いだんだ。
同棲しだしてしばらくして先生のお家のことはだいたい教えてもらっていた。
とはいっても難しくてよくわからない部分のほうが多いんだけど。
「バックが大きいからこの学校は設備もよく整ってるよ」
樹先生は廊下沿いに並ぶ準備室や教科毎の教室に視線を走らせていた。
「そうですね。私も最初のころはしょっちゅう迷ったりしてました」
広くて、って笑うと樹先生が私を見下ろしてくる。
「へぇ。中等部はもっと狭いのか?」
「あ、あの私、転校生なんです。一年の途中から転校してきて」
「ふーん」
転校してきたことのことを思い出すと、自動的に先生とのことも思い出しちゃう。
そう言えば転校初日に出会って、それで―――……。
いろいろ頭の中に浮かんで慌てて打ち消した。
ちょっとだけ頬が熱を帯びたような気がしてさりげなく頬をさする。
ふと視線を感じて顔を上げると樹先生は私を見ていた。
「なんで急に顔赤くしてるわけ?」
クスッと笑いながら樹先生が首を傾げる。
「や、あの、なんでもないです!」
「そ? 彼氏のことでも思いだした?」
「へ……」
「ていうか、この学校広いし、それに可愛い子も多いよなぁ」
「……は」
彼氏イコール先生なわけで、なんで先生のこと考えてたってばれちゃったんだろう!?
そんなにニヤケてたのかなぁなんて焦っていたら続いた樹先生の言葉に呆ける。
「橘とか、な?」
悪戯気に細められた目。あきらかにからかわれているってわかっているのに顔が一気に熱くなって、足を止めちゃってた。
「ようやくついた」
だけど樹先生は真っ赤になっている私を気にせず、ちょうど辿りついた数学準備室のドアを開けて入って行く。
……なんであんな一言で顔赤くしちゃってるんだろう。
恥ずかしくって顔をぺちぺち両手で叩いてから私も準備室に入った。
樹先生は用意しておいたらしいプリント類のチェックをしている。
手早く3つの束のプリントをそろえて渡された。
「これ配っておいて。明日は授業なかったから、明後日までにしておくようにみんなに伝えておいてくれ」
「はい」
「ま、そんな難しいもんじゃないから大丈夫だろ」
一番上の用紙に書かれている内容に目を走らせながら、
「そうならいいんですけど」
ちょっとため息をついたら樹先生は「平気だって」と笑う。
それにつられて笑い返してプリントを抱え直した。
「それじゃあ配っておきます」
そのまま準備室を出ようとしたら―――
「実優」
と、呼びとめられた。
「……」
振り向いて、目を細めた樹先生と目が合う。
「って、呼んでイイか?」
「………え? え、あ、え?」
あれ、私いま名前で呼ばれた……んだよね。
頭の中が鈍ってるのかパニクっているのか反応がすぐ出来なかった。
「ダメ?」
「え……ダメじゃな……」
首を横に振って、言いかけて止まった。
「えっと……ほかのみんなも名前で呼ぶんですか?」
フレンドリーな先生だとたまに呼び捨てだったり、ニックネームで呼んだりするけど、樹先生もそうなのかな。
「ほか? なんで」
「なんで、って」
それはまずくないかなって思った。
七香ちゃんたちとか誤解だろうけど樹先生のことちょっと不審がってたから、名前で呼ばれるようになったらまた心配しちゃうんじゃないかな。
「同じ名字だから。自分と同じ名字呼ぶのって、なんか微妙じゃないか?」
「……」
確かにそう言われればそうだけど……でも。
私が躊躇っていたら樹先生が近づいてきた。
「もしかして警戒されてるのか、俺。そういや教室で橘のこと呼んだとき何人かににらまれたなー」
おかしそうに樹先生は口角を上げる。
「えっ。そういうんじゃ」
「わかったよ。じゃあ、実優って呼ぶのは二人きりのときだけにするから。橘サン」
ポケットに手を突っ込んで少し前かがみになって樹先生が私の顔を覗き込む
至近距離で目があう。
「な?」
なんで、だろう。
気づいたら私は―――頷いてて、そしてちょうど予鈴が鳴り始めた。
「じゃあ、よろしく」
ぽんと肩を叩いて、樹先生は机の方に戻っていった。
「もうすぐ本鈴なるし、早く戻れよ?」
「……あ、はい」
促されて慌てて準備室から出ていった。
ドアを閉めて、なんでだろう。
―――……寂しくなった。
でもそう思うことが不思議で、少しぼうっとしちゃってから教室に戻った。