#03 縮まる距離

「どうしたの、陽菜?」
昼休み、なっちゃんとお弁当を広げ食べていたら、なっちゃんが不思議そうに訊いてきた。
「えっ? なにが?」
「なにがって、さっきからずっと上の空だよ。ていうか朝からなんか変だし」
全然食べてないし、ってなっちゃんが私のお弁当を見下ろす。
それにならって私も見て、苦笑してしまった。
箸で突いて穴だらけになっちゃってる卵焼き。なっちゃんが半分以上食べているのにたいして私はまだほんの少ししか食べてない。
「なんだろ、寝不足だからかな?」
曖昧に誤魔化して笑った。でも寝不足なのは本当のこと。
なんで寝不足なのか訊かれたらどうしようかなって思ったけど、なっちゃんは「ふーん」って意味ありげに見ただけでそれ以上追及してこなかった。
それにホッとして手が止まらないよう気をつけながらお弁当を食べだす。
穴だらけの卵焼きを咀嚼しながら、なっちゃんと5時間目にある英語の小テストのことについて話したりしながら―――。
結局私はなっちゃんの言うとおり上の空だった。
それも全部昨日の松原晄人のせい。
せいなんていったらいけないんだろうけど、勝手に私がずっと考えちゃってるだけだし。
彼に貸したハンカチ。
洗って、ちゃんとアイロンをかけて返す、って昨日やっぱり私が降りる駅まで付き合ってくれた彼は最後にもう一度そう言って帰っていった。
だから私は馬鹿みたいに、彼とまた喋れるときがいつくるんだろうってドキドキして眠れなくなって、学校に来てもドキドキしてばかりいる。
昨日の今日だし、今日はないかな、なんて考えながら頭は彼のことで一杯。
そんな私の前で先にお弁当を食べ終えたなっちゃんは英単語帳を取り出して眺めだした。
なっちゃんに彼のことを話したいって気持ちもある。
でも知り合い程度しかない彼を好きになったなんて言ったらたぶんなっちゃんは反対する。
なっちゃんは彼のことをあまりよく思ってないみたいだし……。
それに、望みのない恋愛をすすめてはくれないだろう。
「―――ごちそうさまでした」
ようやく私も食べ終わえた。お弁当箱を鞄に片づけて、英語の教科書を取り出す。
英語の高木先生は結構厳しくって小テストは90点以上取らないと課題が出てしまう。
だからせっかくの昼休みだっていうのに教室の中は小テストの勉強をしてる子たちが多かった。
教科書やノートを眺めるけど、なかなか頭に入って来ない。
あんまりにも彼のことばっかり考えてしまうから、恋ってこんなだったっけ?なんて考えてしまった。
高校2年になるっていうのに、彼氏はいままでに一人しかいなくって、それも中学時代に短い期間のことだった。
あのときは確か告白されたけど―――正直に言えば好きだったのかわからない。
彼氏彼女っていうのに憧れてる部分が多くてなんとなく付き合っちゃったっていう感じだった気がする。
でも初恋は……小学生のときにしたから。
うーん……、それでもやっぱり今回が一番"好き"って気持ちが大きい気がする。
―――本当に、叶わないのに。
「……なっちゃん」
「うん?」
ノートを見てたなっちゃんに、「トイレにいってくるね」って声をかける。
いつもなら一緒に行くけど英語が苦手ななっちゃんは小テストの勉強優先で、「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。
教室を出て一番近くの女子トイレまで行く間に、彼に会わないかなぁってついキョロキョロしてしまう。
私のクラスはCで、彼はE組。階は一緒だけど、階段を挟んで反対側に教室があるから通りすがりに教室にいる彼を見ることはめったにない。
だから結局彼に会うことなくトイレについてしまった。
だけどかわりにあったのは―――。
「あ! 陽菜ちゃん、久しぶり」
「……久しぶりだね……、莉奈ちゃん」
昨日、放課後彼とどこかへ消えていった莉奈ちゃんだった。
莉奈ちゃんはすごく可愛い子。そして誰にでも気さくに話しかけれる明るい性格をしてる。
「新しいクラスどう? もう慣れた?」
ものすごく仲が良いってわけじゃなかったけど、それなりに会話はしていたほうかもしれない。
莉奈ちゃんは同じように可愛いお友達二人とトイレに来ている。
「うん、すごく楽しいよ」
笑顔で訊いてくる莉奈ちゃんに笑顔で返した。
「そうだ、なっちゃんも一緒にまた遊ぼうよ」
「うん」
笑顔をつくらなきゃ、と自分に言い聞かせながら頷く。
莉奈ちゃんは友達と一緒だからあんまり長くおしゃべりはできない感じで、私に「また今度ね」と軽く手を振ってきた。
笑顔のまま私も「またね」と返事をして―――。
「莉奈ちゃん!」
呼びとめていた。
「なに?」
『―――昨日、松原晄人となにしてたの?』
喉元まで出かけた言葉。
もちろんそんなこと、訊けるはずない。
だから、視点を変えて訊いてみた。
「……彼氏、できた?」
昨日のが噂でよく訊く『一度きり』なのか、それとも『告白』だったのか、知りたかった。
莉奈ちゃんは一瞬目を点にしてから苦笑気味に微笑んだ。
「ううん、出来てないよ」
「―――そっか。私もまだ。彼氏ほしいね」
突然の質問の意味を誤魔化すようにそう言うと、莉奈ちゃんは「ほんとだね。合コンしなきゃ!」って笑った。
それから今度こそ本当の「またね」の挨拶をして莉奈ちゃんはトイレから出ていった。
私は個室に入って―――深いため息をついた。
『告白』じゃなかった、って安堵した。
莉奈ちゃんが彼の『彼女』になってなかった、ってすごく安堵した。
でも……安堵して、だからといって私は一体どうしたいんだろうって不安になった。
勝手に一喜一憂してる自分がひどく滑稽に思えてたまらなくなった。