#03 縮まる距離

結局その日、松原晄人に会うことなく家に帰りついた。
少しさびしい気持ちを抱えながら迎えた翌日。4時間目の終わり、私の手にハンカチが戻ってきた。
「―――榊原」
4時間目は移動教室で、授業が終わり教室へ戻っているところだった。
いたいた、と彼は屈託のない笑顔で私に近づいてくる。
隣にいたなっちゃんはびっくりして私と彼を交互に見ていた。それに気まずさを覚えながらも、彼に話しかけられたことが嬉しくって自然に頬が緩んでしまう。
「松原くん」
昼休みだからそれなりに人通りはあって、彼に話しかけられた私は少し目立っていた。
主に女の子からの、訝しげな視線を多く感じる。
だけどそんなことまったく気にする様子もなく彼は私の前に立つと笑いかけてきた。
「これ、ありがとうな」
薄い黄緑の封筒を渡された。ふくらみがあるから中にハンカチが入ってるのだろう。
そのままじゃなくってちゃんと袋に入れてっていうのがやっぱり気遣いができる人なんだなって思った。
「ううん、わざわざごめんね?」
本当に彼がアイロンをかけたのかな。
そんなことを思いながら首を振ると、「いや、こっちが借りたんだし、当然」と返事をくれる。
「んじゃ、またな」
そしてあっさりと話の終わりが来る。
ハンカチを返してもらうだけのことだから仕方ない。それに彼と喋っているだけでまわりからの視線が痛いんだから早めに切り上げたほうがいいってわかってる。
だけど寂しくて、だけどそれを表情に出すのは躊躇われて、結局笑顔で頷いた。
「またね」
そう彼が言った言葉を返した。
また、話す機会があるんだって。
彼は「ああ」と軽く手を上げて私の横を通り過ぎていき―――「そうだ」と振り返った。
「おまけ、入れといたから」
……おまけ?
目をしばたたかせる私に応えることなく、彼は去っていった。
「―――……陽菜!? なにもらったの?!」
彼という嵐が過ぎ去ったあと残ったのは説明をしろと詰め寄るなっちゃん。
一昨日の放課後のことを、もちろん莉奈ちゃんのことは言わずに、たまたま駅で出くわしてハンカチをかしただけだと説明した。
それをわざわざ洗濯して届けてくれた良い人、なんてなっちゃんにとって少しでも彼のイメージがよくなるといいと思いながら。
「ふーん」
なっちゃんは納得しながらも私の顔をちらちら窺っていて、私はそれに気づかないふりをして教室に戻った。
机に着いて、彼からもらった封筒を開ける。
「……5円チョコ?」
彼の言っていた『おまけ』が気になってたらしいなっちゃんが、ハンカチと一緒に出てきたものを見てぽかんとしてた。
「……駄菓子じゃん」
お坊ちゃまでもこう言うの買うんだってなっちゃんが笑ってる。
いや……そもそも高校生でこういうの買うひといるのかな?
疑問に思いながら、それでも嬉しくて―――なぜか9枚も入ってる5円チョコを手にとって眺めた。






45円分のチョコを見て、なっちゃんが「お参りだと始終御縁がありますように、ってことだよね」と言っていた。
その"縁"が私と彼を繋ぐものなのか、どういう意味があるのか、気になってしまう。
続けてなっちゃんは「とくに意味なんてないんだろうけど」なんて私の気持ちを見透かしているようなことを呟いて困ったように私を見た。
「……陽菜が……本気なら応援はするけどね」
相談もしない薄情な私にそれでも小さく笑ってくれたなっちゃんは私の大切な親友だなって実感する。
5円チョコ溶けないだろうか、と心配になりながら残りの授業を受けて学校は終わった。
なっちゃんと一緒に下校して、駅で別れる。今日もなっちゃんはバイト。
私が一人駅のホームに向かっていると後ろから声をかけられた。
それは女の子で、どこかで聞いたことがあるようなないような声で誰だろうと振り返る。
くるんとカールした髪と、ばっちりメイクの女の子。私と同じ制服だから、同じ学校ってことはわかる。
でも誰かわからなくて怪訝に思いながら―――思い出した。
「………えっと」
西宮さん、だったと思う。
でも直接話したことはないし、彼女から直接名前を聞いたわけじゃないからなんとなく呼べなかった。
「ごめんね、急に声かけて。学級委員会で一緒になったの覚えてる? 私、A組の西宮さおり」
そう、西宮さおり。松原晄人のファンクラブ会長。
「榊原陽菜ちゃん、だよね?」
改札の手前で話しかけられたから進む人たちにはちょっと邪魔な位置。
西宮さんは「少し、いい?」と言って端の方へと歩いていった。
……なんだろう。
不安だったけど、仕方なく彼女の後を追う。
ほぼ初対面の子から話しかけられることなんてないからすごく緊張してしまう。
それに相手はあの松原晄人のファンクラブの会長。
だから―――……。
あ。
鞄の中にある彼から返してもらったハンカチと5円チョコの存在に、昼間廊下で彼と話したことへと思い至った。
もしかして西宮さんにそのことが伝わって―――?
「あのね松原くんのことなんだけど」
何の前振りもなく単調直入に用件に入る彼女に、胸が不安で激しく委縮した。
西宮さんはじっと私を見つめてくる。
「榊原さんって、松原くんのこと好きなの?」
直球な言葉に思わず息が止まってしまう。
私はどう返事をしていいかわからなくて、目を泳がせることしかできない。
―――これはあれなんだろうか? 漫画とかでよくある、近づくなとか、そういう警告をされるのだろうか。
そうだとしても、やっぱり私はどうすることもできなくて、うつむいた。