#03 縮まる距離

梅雨だから雨なのはしょうがないけど、毎年こんなに雨降ってたっけって思ってしまう。
うんざりするほど三日連続で大雨が続いた。そしてようやく今日は晴れじゃないけど曇り。
18時から雨マークがついていて70%の予報だったから傘は持ってきてる。
下校時まで降る様子はなくて、なっちゃんと一緒に雨にぬれずに帰れるねって話していたんだけど。
「あー……降ってきちゃった」
放課後の誰もいない教室に響いてくるのは窓に打ちつける雨音。
リズムよく鳴り響いているそれは結構の強さがあって憂鬱になってしまう。
本当なら1時間近く前になっちゃんと一緒に帰れるはずだったのに、担任の篠田先生から運悪く雑用を言い渡されてしまった。
同じ学級委員の真岡くんも先生につかまってたけど、今日は予備校で急いでいるだとかで振り切って帰ってしまった。
だから私は一人で雑用するはめになって―――雨に降られてしまっている。
傘は持ってきてるけど横殴りの雨みたいだからきっと濡れてしまう。じっとり雨を含んだ重くなる制服の着心地の悪さがイヤで、それにあまりひどいと靴の中まで濡れちゃうのもイヤで仕方ない。
雨宿りがてらもう少し様子見て帰ろうかなって思ったけど、夜ひどいんだったら今止むはずもないだろうから覚悟を決めて帰ることにした。
教室のある二階から一階へ降りて下足ロッカーへ向かっていると前の方に見知った後ろ姿があった。
それは一週間前、一緒に電車で帰った松原晄人。
後ろ姿だけだけど、見間違えれない。だってオーラが違うから。
数メートル先を一人で歩いている彼は手に鞄を持っていて同じ方向に向かっているから今から帰るんだろうってわかる。
――――また一緒に帰れるだろうか?
そんなバカみたいなことを考えてしまう。
あの日から彼だけでなく片瀬くんと会うことも喋ることもなくって、予想したとおりに距離は縮まらずに広がったままなんだろうって思っていた。
いままでだってそんなに校舎の中でもすれ違うこともなかったし。
だけど。
いま、放課後で、誰もいなくて。私がもう少し早く歩けば、彼に追いつくかもしれない。
彼が気づいてくれたら、きっと一緒に帰ろうって言ってくれるんじゃないだろうか。
なんて考える私は夢の見すぎ?
でも、少しでも可能性があるなら―――。
見てるだけじゃもういられなくて、またあの声を、あの瞳を見たくて私は勇気を振り絞って歩く速度を上げた。
ドキドキしながら下足ロッカーの入り口までたどり着く。
まだいるよね?
雨音が響いている中でゆっくり足を進めていった。
そして並ぶロッカーの一角に人影が見えて緊張した瞬間、話声が聞こえてきた。
隠れる必要なんてないのに、とっさに隠れてしまう。
耳を澄ませて確認してみる。やっぱり雨音にまぎれて声がしてる。それも―――男女の。
彼と、誰だろう?
急に湧いてくる不安を感じながら、そっと覗いてみた。
外の暗さに蛍光灯の灯りはほの暗さをまとっていて、その下に松原晄人と女生徒がいた。
ストレートの綺麗な茶色の髪、大きな二重まぶたの目。派手すぎないけどちゃんとほどこされたメイク。
女の私から見ても可愛いとしかいえない、女生徒。
一年のとき同じクラスだった木下莉奈ちゃんだった。男子から人気のある美少女。
彼と莉奈ちゃんが並んでいる姿はすごくお似合いに見える。
莉奈ちゃんはいまクラスなんだったろう?
彼と同じクラス?
ううん、違う。確か違うクラスだったはず。
なら、なんで。まさか、彼女?
いま松原晄人には彼女はいないって噂で聞いてたけど。
それとも―――告白?
ぼうっと固まってしまった私の視界。その中で莉奈ちゃんが動いた。
彼にぎゅっと抱きついている。そして顔を上げて、何か言ってる。
話声は聞こえてくるけど、内容はわからない。
胸が苦しい。
莉奈ちゃんは上目に彼を見て必死で喋っていて、彼は小さく笑って。
彼の手が莉奈ちゃんに伸びる。
そして、莉奈ちゃんの顎を掴んで、彼が背を折って。
――――二人の唇が触れ合った。





長いキスだった。
触れ合うだけのキスじゃないって、わかる。
何度か角度をかえて続けられるキスに莉奈ちゃんは彼の背に手をまわして身を預けている。
どれくらいだったのかわからないけど、長いキスのあと二人は離れて彼は莉奈ちゃんに何か言った。
莉奈ちゃんは何度も大きく頷いてやっぱり彼にしがみついている。
彼がまた莉奈ちゃんに声をかけ、そして莉奈ちゃんは一旦離れて今度は彼の腕に腕を絡めた。
そして二人が歩き出して―――慌てて私は音をたてないよう気をつけながら物陰に隠れた。
足音は外へとじゃなくって、校舎内へと戻ってきてる。
心臓の音が外へまで聞こえちゃうんじゃないかってくらいに自分の中でうるさい。
いまここに私がいることを知られたくなくって必死で息を止めてた。
二人は私に気づかないまま、私の近くを通り過ぎていく。
足音が遠ざかって消えていって、ようやく私は身体を動かした。
二人の歩いていったほうへと足を進めて、目に映ったのは階段へと向かっていく二人の姿。
どこへ、行くんだろう?
なにをしに、行くんだろう?
竦む足を動かすことができなくて、もういなくなってしまった二人のことを考えただ息苦しい。
ぐるぐると頭の中をまわるのはもう何回も聞いたことがある彼に対する噂。
『来るもの拒まず』
『お願いして、一度だけ……抱いてもらったの』
いつのまにか握り締めてた手が指先が、力を込めすぎていたせいか血の気が引いて白くなっている。
一度、だけ?
吐き気に似たものがこみ上げてくる。
彼と莉奈ちゃんがどこへ何をしに行ったのか想像するだけで、息が止まりそうになってしまう気がする。
苦しい。
苦しくて、苦しくて。
惹かれている―――とかじゃなくって、もうどうしようもないくらいに彼のことを好きになっていることにいまさら気づいた。
そして筋合いもないのに、莉奈ちゃんに嫉妬している自分がいることにも。
馬鹿みたいに、涙が溢れてきた。