#02 繋がっていく点

―――でも、やっぱり別々に帰ればよかったって思ったのはほんの10分後。電車の中。
6時半を回った車内はものすごく満員で、ぎゅうぎゅう詰めになってる。
私と彼と片瀬くんは最後尾車両の隅っこに陣取っていた。
で、その距離は息がかかるくらいに近い。
片瀬くんも結構長身で二人に囲まれると影が落ちてちょっと暗くさえ感じる。
それになにより私の傍にたつ彼から香ってくる香水のにおいと体温に心臓はフル稼働中。
顔が赤くなっていないことを祈りながらそっと心の中でため息をついた。
「委員会、どうだった? 慣れそう?」
この二人相手になにを喋ったらいいのかわからなくて固まってたら片瀬くんが訊いてきた。
「え、は……い、あ、うん」
敬語? でも同級生だから敬語は変だよね。
一瞬頭がごちゃごちゃして変にどもった返事になってしまった。
とたんに忍び笑いする声が聞こえてきて、見れば彼が笑っている。
なに、と言いたいけど言えなくって、視線だけを向ける。
必然、目が合って―――、どうすればいいかわからなくて心臓が跳ねてしまう。
視線を逸らしたいけど不自然になりそうだし、でも見つめ続けても不自然になりそうだし。
結局は私を映すその目から逸らすことができずに、見つめてしまっていた。
「委員会の雰囲気、独特だろ。あれのせいで拘束時間が長くなってしまってるけど、我慢しろよ」
ふっと苦笑するように言ったそれがあの女生徒による質問責めのことだとわかって、小さく頷く。
「………イケメンって大変なんだね」
ずっと思ってたことをついそのまま口にしてしまった。
私の頭上で彼と片瀬くんが一瞬顔を見合わせて、そして吹き出した。
回りに迷惑にならない程度に声をたてて笑いながら彼がニヤって私の顔を覗きこむ。
「俺ってイケメンなんだ?」
「…………違うの?」
きっと誰が見てもかっこいいっていうはず。
だって同じ電車に乗ってる他校の女生徒たちが私たちのほうをすごく熱心に見つめてるし。
……ていうか。もしかして普通は思ってても面と向かって言わないのかな?
え、ううん、そんなことないよね。だっていつも言われてるはずだし。
軽く焦る私に、彼はやっぱりどこかからかうような笑みを見せた。
「いや、違わない。間違いなくイケメンだからな」
「自分で言うか、普通?」
自信満々に言い放った彼に、片瀬くんが笑いながら即座に突っ込んだ。
「周知の事実をいっただけだろ。そういうお前の方が自意識過剰のくせに」
「謙遜は日本人の美徳だぜ?」
ほんの少しだけそれまでと違った雰囲気で、片瀬くんが悪戯気味に口角を上げる。
「お前の場合は策略だろ。腹黒エセ王子」
鼻で笑う彼に、片瀬くんは表情を真面目なものに変えて首を傾げる。
「ひどいなぁ、晄人くん。僕のどこが腹黒でエセっていうんだい。ねぇ、榊原さん?」
「―――……えっ」
突然話を振られて動揺する私に、同意を促すように、にこにこ笑顔を向けてくる片瀬くん。
それがなんだかおかしくって、思わず私も笑ってしまってた。
「智紀に騙されんなよ? 榊原」
そう言いながらも彼もやっぱり笑っていて、なんだか妙に嬉しい気持ちと、そして心臓のドキドキが激しくなるのを感じた。
初めて会ったときは私の名前なんて知ってるはずがなかった彼が、自分の名前をたとえ名字だとしても呼んでくれるのが幸せでたまらない。
職員室で呼ばれた『榊原チャン』っていうのでもドキっとしたけど、あたりまえのようにいま呼び捨てにされたことさえも嬉しい。
片瀬くんが見せる笑顔が委員会や壇上で見せるものとは違う、きっと松原晄人という親しい友人に向けられるもので、そして彼も同じで。
素で言いあってるんだろう仲のいい二人の会話に入れているのが、信じられないくらい嬉しくてたまらなかった。
「片瀬くんはみんなが認める爽やか王子様だよ」
わざとらしくそう言えば、当然って感じで片瀬くんが大きく頷いて、彼がそれに「甘やかすなよ」なんて突っ込んで。
こんなに楽しくっていいのかなっていうくらい私は頬を緩ませてた。
それから話は共通の先生の話になったりした。なんでもない特別じゃない世間話。
喋ることがないだろうって思ってた二人と、こんなにも気さくに会話できているのが信じられない。その分、私の頬も緩まる一方で、いつもなら長く感じる電車で30分の道のりがやけに早く感じた。
私が降りる駅へ到着するアナウンスが流れる。
「私つぎで降りるから。ありがとう、楽しかった」
きっと満面の笑顔になっちゃってる。
本当に楽しかったから、緊張もなにもなくなってただ純粋に笑顔を向けれてた。
「ああ」
「俺も榊原さんと話せて楽しかったよ」
短い返事の彼と、王子様スマイルの智紀くん。
対照的な二人にやっぱり笑顔がこぼれる。
そして電車は減速していってホームに着いた。
「じゃあね」
そう手を振って、人の流れに乗って電車を降りたんだけど―――。
「あれ?」
なぜか二人まで一緒に降りてきた。
帰る方向は同じって言ってたけど、駅も同じだったんだろうか?
不思議に思って二人を見上げると、
「俺たちはこっちだから」
片瀬くんが指さしたのは向かいのホーム。
なんでもないことのように言われたけど、そのホームは上り線。ようするに、来た道を戻るってこと。
「………え?」
「じゃーな、気をつけて帰れよ」
「ばいばい、またね榊原さん」
戸惑う私に、彼と片瀬くんは軽く手を上げて去っていこうとする。
いま降りた電車の発車ベルが鳴った。
その音に我に返って、2人の後ろ姿に向かって叫んだ。
「あ、あの! ありがとう!」
もしかしたら違うかもしれない。
だけど、でも考えられる理由はひとつしかなくって、動揺しながらもお礼を言わずにはいられなかった。
歩みを止めることなく、少しだけ振り返ったのは片瀬くん。
その唇が、やっぱり『気をつけてね』っていう、心配してくれる言葉をかたどって。
そして松原晄人は手だけをひらひら振っていた。
「―――かっこよすぎ」
二人の後ろ姿を見送って、呟きがこぼれてた。
きっと、たぶん満員電車だったから、彼らは私が降りる駅まで一緒にいてくれたんだろうって思う。
すごく窮屈な車内だったのに思い返してみれば私の前は彼と片瀬くんで。後ろは壁だった。
だから他の乗客から押されるとかそういうことが一切なかったことに気づく。
二人のさりげない優しさに、しみじみともてる理由がわかった気がした。
「……やっぱり」
縁遠い人なんだな。
気遣いがうれしくて、だけどそうも思った。
少しだけ近づけたような気もするけど、それは知り合い程度になったっていうだけ。
そこから先、友達やそれ以上になることなんてないって気がした。
卑屈かもしれないけどたぶん事実で、切なさを感じながらまだ降りださない曇り空の下、家へと帰っていった。