#02 繋がっていく点

一瞬にして室内の空気が変わった気がする。
女生徒たちが一斉にドアのほうを見て、みんながみんな顔を赤らめた。
入ってきたのは生徒会長と副会長。
「みんな揃ってるみたいだね」
そうにこやかに見回す会長の智紀さんが前を行き、その後を無表情に歩く松原晄人。
二人が中央の席にそれぞれ座ると、直後に今度は生徒会顧問の幾谷先生がバタバタと入室してきて会議は始まった。
「2年C組の学級委員が一人変わりました」
始まって早々、生徒会長自らの言葉に私は固まった。
2年C組っていうのは私のクラス。変わった、っていうのはまぎれもなく私のことのはず。
「篠田陽菜さん。よろしくね」
学級委員の名簿らしきものを見ていた会長もとい智紀さんが私の方を見て笑いかける。
他の学級委員からも視線を浴びて恥ずかしさを感じたけれど、黙ってるわけにはいかないから簡単に自己紹介して「よろしくお願いします」とだけ言った。
みんなも同じく返事を返してくれたけど、女子生徒の声だけ微妙に素っ気ない気がした。
なんとなく、ていうかかなり学級委員を引き受けたことを後悔してしまう。
面倒くさいなぁ……って内心ため息をついて正面を何気なく見て。
心臓が止まりそうになった。
一瞬、ほんの一瞬だけ、彼と目が合ったから。
ただそれだけで、すぐに逸らしたけど、変にドキドキしていたたまれなくなってしまう。
ファンクラブの人たちは彼と同じ空間にいることに緊張しないのだろうか?
単純に彼をまた近くで見れると喜んでいた気持ちは消えてしまって、残ったのはバカみたいな動揺だけだった。
見るたびに、目が離せなくなりそうで怖い。
「―――です。文化祭はまだ4カ月先ですが催すものによっても準備期間が変わってくると思うので早目に話し合いを始めておいてください」
ぼんやりしているうちに話し合いはどんどん進んで行っている。
慌てて黒板に書かれた連絡事項なんかをノートに書き取った。
「はい!!」
突然、女生徒の声が力強く響いてびっくりした。
視線を向けたら例の西宮さんが姿勢よく挙手してる。
「どうしました、西宮さん」
相変わらずの穏やかな笑みで智紀さんが西宮さんを見ると、西宮さんは勢いよく立ちあがり文化祭の質問をし出した。
その勢いに呆気にとられる私に隣の真岡くんが「始まるぞ〜」とぼそっと呟いてきた。
どういう意味?
そう思ったその答えは少しして、理解できた。
西宮さんの質問が終わったあと、ほかの女子が挙手してまた質問する。
それが終わったらまた他の女子が―――。
しかもわざわざ『副会長』を名指しで質問したりして、なんていうか、すごかった。
真岡くんが会議が始まる前に『驚くぞ』といっていた理由がようやくわかった瞬間だった。






***





委員会は予想以上に長引いて終わった。
でもそれは真岡くん曰くいつものことで、確かにことあるごとに女子たちの質問の嵐が巻き起こっていたことを考えると仕方ないことだってわかった。
4時から始まった委員会。そしていまはもう6時を回ってる。
6月に入ってるし陽は長いはずだけど梅雨のせいで曇り空。だからあたりは暗かった。
「じゃーな」
「うん、ばいばい」
真岡くんとは駅前まで一緒に帰って、そこで別れた。
ファンクラブの人たちも予想外にあっさり帰ってるみたい。これもまた真岡くん情報なんだけど、ファンクラブにはいろいろとルールがあって、それはあの松原晄人が決めたルールらしいから絶対に守らなければならないそう。
そのルールのなかに彼のプライベートは尊重するのが第一条件で組み込まれていて、だから尾行だとかわざと帰りを一緒にするとかそういうのはダメだそう。
帰り路ではファンクラブ情報をいろいろ聞いて、ただただびっくりしていた。
なんだか本当にすごいとしか言いようがなくって、複雑な気分になる。
でもやっぱりあれだけカッコイイといろいろと大変なんだなって、ちょっと気の毒に思ったりしながら駅前の本屋さんに立ち寄った。
今日は毎月買ってる雑誌の発売日。目当ての雑誌は平積みでたくさん置かれてるから、ほかの興味のある雑誌をすこし流し見て買いに行った。
本屋さんから出るとじめじめした空気が肌にまとわりついてきてため息が出る。
幸い雨は降ってないけど、いまにも降り出しそうなくらいに分厚い雲に覆われてた。
折りたたみ傘を持ってきてるから大丈夫だけど、早めに帰ろう。
そう空を眺めながら考えてたら、
「榊原さん」
声がかかった。
聞いたことのある声。でも誰だかわからなくって視線を向けるとびっくりして顔が強張った。
二人並んで私の前で足を止めたのは片瀬智紀と松原晄人。
「ど、どうも」
なんて言えばいいのかわからなくってぎこちなく会釈すると二人はおかしそうに笑った。
でもその笑い方さえ対照的。
片瀬くんはカッコいいんだけど気さくな感じで親しみやすそうな笑顔をしてる。
松原晄人は―――いつもっていっても3回しか身近で見たことないけど……、ちょっとだけ意地悪そうな、からかうような目をして笑ってる。
「いま帰り?」
「う、うん」
片瀬くんはそれから私が降りる駅を訊いてきた。それに答えると、「方向一緒だね」ってプラスαされた笑顔を返される。
「じゃ、行こうか」
そう言って二人は歩き出して―――私を振りかえった。
「帰らないのか?」
不思議そうにほんの少し首を傾げたのは松原晄人。
ちょっとした仕草、他愛のないかけられた言葉に、馬鹿みたいに反応する心臓。
それを必死で耐えながら、平静を装う。
「帰るよ」
「帰ろう」
頷く私に、手招く片瀬くん。
「………」
固まる私に片瀬くんはおかしそうに吹き出した。
「帰りの電車一緒だから、途中までご一緒していいかな?」
その言葉の意味を理解するのに少しかかって、それから私は思わずあたりを見渡した。
真岡くんから聞いたファンクラブの話があったから、私が一緒に帰っていいのかなと思って。
それに一緒に帰るところを見られてたりしたらすごいにらまれそうだし……。
「ほら、早く来いよ」
片瀬くんに返事するよりも先に彼が笑いながら言って、歩き出した。同じように片瀬くんも歩き出す。
私は一瞬迷ったけど、同級生なんだし、変に拒否するのはおかしいと思って慌てて二人のあとを追った。