#02 繋がっていく点

ある日の昼休み。ざわついている職員室。
「榊原、頼むよ」
30代半ばの一見イカツイ、担任の篠田先生が私に頼みこんできた。
篠田先生はちょっと強面のわりに人当たりがよくって、受け持ちは古文でわかりやすい授業をするから生徒からは結構信頼されている。
「……はぁ」
私は先生からの頼みごとに歯切れ悪く返すことしかできないでいた。
「……でも、あの……私じゃなくっても。ほかにいると思うんですけど」
「一年のときもしたことあったろ? 学級委員」
「…………はぁ」
平凡このうえない私。だけど中学のときもだけど、なぜか学級委員にされやすかった。
地味だからかな?
「まー、真岡がほとんど仕切るし、お前は書記くらいのつもりでいいからさ」
真岡くんっていうのはうちのクラスの学級委員のひとり。
どこもそうだと思うけど男女ペアで学級委員になる。もう6月も下旬だからうちのクラスにもすでに女子の学級委員はいた。
だけど急な転勤だとかで転校してしまって学級委員の席がひとつあいちゃって。
それでいま私が先生に打診されてしまってる。
「な、頼むよ!」
「でも……」
「榊原ー!!」
正直学級委員とか面倒くさくてしたくない。放課後委員会とかあるし、話しあいをまとめるのとか大変だし。
あんまり人前でしゃべるのが得意じゃないから、緊張していやなんだよね。
「真岡みたいなお祭りタイプにはお前みたいな真面目なやつがついてないとダメなんだよ!」
「………はぁ」
真面目って言われて喜ぶべきなんだろうけど、なんとなく地味っていわれてるような気がするのはちょっとマイナス思考過ぎかな?
「たしかにアイツはお祭りタイプだな」
笑い声とともに響いてきた―――甘い声。
今月に入ってもう二回も間近で聴いてしまったその声に身体が震えてしまう。
「なんの話?」
恐る恐る横を見れば松原晄人が私の隣に並ぶところだった。
「うちのクラスの女子の学級委員がな転校して、榊原に新しく頼んでたところだ」
「ふーん」
篠田先生と彼は仲がいいのか親しげに話してる。
三度目の急接近に慣れることなんてなくって、心臓がバクバクしている。
「―――榊原チャン、すればいいのに」
軽く180センチはありそうな彼に対して私は155センチしかない。
私の名前なんて今初めて知ったはずなのに馴れ馴れしく呼んで、私の顔を覗きこんでくる。
でもそれがイヤな感じじゃないのはやっぱり彼だからだろうか。
「………でも」
「しろよ」
「………はい」
命令調の一言に、なぜか頷いてしまってた。
言ってしまってハッとして口元を覆うけど、篠田先生は顔を輝かせて「そっか! やってくれるか!! 頼んだぞ!!」って私の手を握ってぶんぶん振ってる。
「え、いや、あの」
「頑張ってくれ!」
「………はぁ」
「榊原チャン、がんばってねー。んじゃ俺の用件。篠田っち、これ」
「ああ。―――あ、もういいぞ榊原」
押し付けられてしまった私のことなんて先生と彼にはもうどうでもいいようで、2人は問題集らしいものを開いて喋ってる。
「……失礼します」
所在がなくなっちゃったから軽く頭を下げてその場を離れる。
学級委員いやだなっていう気持ちもあるけど、それよりも彼とまた喋れたっていうことに心がふわふわしてた。
「―――榊原チャン」
もっと声を聴いていたかったなって思っっていたら、その声に呼びとめられた。
振り返る私に向けられてる小さな笑み。
「明日放課後、委員会あるから。忘れないように」
ついさっき受けてしまった学級委員に対する業務連絡。
頷きながら、すっかり忘れてしまっていたことを思い出した。
松原晄人は―――生徒会副会長だったってことを。
委員会があるっていうことは、また明日も会えるっていうことだった。
「……うん」
頷きながら、どうしようもなく彼に惹かれていく気持ちがどんどん膨らんでいくのを感じた。







***






次の日の放課後はあっという間だった。
バカみたいにずっと委員会のことばっかり考え一日を過ごしてた。
「……気をつけてね」
学級委員になったこと。放課後委員会があるから先に帰っててねと言った私に、なっちゃんはどこか心配そうな表情でそう言った。
その表情の意味がわからなくって、曖昧に頷くことしかできなかった。
「メモよろしくなぁ」
呑気そうにへらっとした笑いを向けてくるのは同じ学級委員の真岡くん。
「うん」
メモ帳を開きながら室内をぼんやり眺める。
委員会のある教室にはほとんどのクラスの学級委員のひとたちが集まってきていた。
生徒会メンバーは書記と会計はいるけれど生徒会長と副会長はまだ来ていない。
副会長―――松原晄人に今日もまた会えるのだと思うとバカみたいに緊張してしまってる。
たくさんの学級委員の中の一人でしかないのに。
「あ、それとさ。念のため気をつけろよ?」
真岡くんが机に片肘で頬杖つきながら私を見る。
「……なにが?」
なんの注意なのだろうと私も真岡くんを見ると、真岡くんは私の方に少しだけ身を寄せて小声で言ってきた。
「2年A組の西宮さおり。斜め前の髪ごてごて巻いてるやつ」
ちらり真岡くんの視線がA組が座ってるほうへと向けられて私もそれにならう。
ごてごてという言葉があってるのかはよくわからないけど、きれいに巻いてある髪をしたメイクばっちりの子がいた。
美人系の西宮さんという生徒を私は知らなくて、だから?、と真岡くんに目で問う。
「西宮さ、ファンクラブ会長なんだよ」
「ファンクラブ?」
何の?
言ってる意味がわからなくて首を傾げると真岡くんは一段と声をひそめて教えてくれた。
「副会長のファンクラブ」
「………は?」
正直びっくりして呆けたように目を見開いてしまった。
思わず西宮さんを見てしまう。
「……ファンクラブって本当にあったんだ」
「あるある! でさ、学級委員になってる女子ってほとんどファンクラブにはいってるやつら」
「………」
絶句。
西宮さんから他の女子たちへと視線を流す。
なんだか納得してしまうように、西宮さんと同じようにメイクばっちりでキラキラした女の子たちがいた。
「ま、副会長だけでなく会長目当てももちろんいるけどな? 6:4ってところじゃねーかな?」
「そ、そうなんだ。……ほんとに人気あるんだね」
会長は松原晄人の親友である片瀬智紀。
確かに二人とも人気があるけど―――本当にファンクラブなんていうものがあるっていうことに驚きが治まらない。
芸能人でもないのに、そんなものがあるなんて。
「オレなんてさぁ、告白されたことねーのに世の中理不尽だよなぁ」
しみじみと真岡くんはため息をついている。
慰めたほうがいいのかな?
でも慰めたら逆に可哀想な気もするし……。うん、スルーしようかな。
なんてちょっとひどいことを考えていたら真岡くんは逸れていた話を戻してくれた。
「でさ。お前、途中参加だろ? 委員会」
「うん?」
「お前の場合、篠田から言われて学級委員になったわけだけどさ。あんまり目立たないようにしろよ?」
真岡くんは少し真剣な顔で言ってくるけど、意味がよくわからなかった。
私なんて目立たないよ、って言いそうになって、ようやく気づいた。
目立つなっていうのはきっと―――生徒会副会長に接近するようなことがないように、ってことなんだろう。
きっと副会長と喋りでもしたらファンクラブの人たちからにらまれるとかそういうことを真岡くんは心配してくれてるんだろう。
接近―――か。つい最近松原晄人と喋ったことを思い出す。
どれも他愛のないことで、でも私にとっては驚くこと。
そしてきっと彼にとってはなんの意味もない瑣末なことだろう。
「……大丈夫。だって発言したりするのは真岡くんがするでしょう? 私は黙ってメモだけとっておくから」
私がこの場でみんなの目に留まるようなことなんて、考えるでもなくまったくない。
「まー、そうだけど」
目立つようなことは好きじゃないし、だから委員会の間空気のような存在になっても全然平気。
―――ただ、その分、それだけ彼との距離は遠いと思ったらちょっとだけ寂しくなったけど。
「……でもまあ、驚くなよ?」
真岡くんが苦笑混じりに言った。
なにを?、と訊き返そうとしたとき教室のドアが開いた。