#05 変わる世界


智紀くんは私とお弁当箱を交互に見て首を傾げた。
「いいのかな?」
「うん。私も餌付けしようかなと思って」
智紀くんと、そして晄人が少しだけ驚いた顔をした。
正直その反応にドキッとしてどうしようかと迷ってしまったけど、勇気をだして続けた。
「えと……私もずっと一緒に食べたいから、智紀くんを餌付けしておこうかなって思って」
ちょっと恥ずかしくって顔が赤くなるのを感じながら言いきった。
一瞬沈黙が落ちて、私たちの間には蒸し暑い空気がまとわりつく。そしてすぐに暑さもすべて吹き飛ばすように爽やかな智紀くんの笑みが私に向けられた。
「喜んで。陽菜ちゃんにだったら餌付けされまくるよ。じゃあこの唐揚げもらってもいいかな?」
にこにこと智紀くんが私のお弁当を指さす。
「うん、どうぞ!」
「ありがとう」
お弁当箱の中、ブロッコリーのとなりにつめられてる唐揚げを智紀くんが取って食べた。
すぐに笑顔を浮かべる。
「美味しいよ。陽菜ちゃんのお母さん料理上手だね」
「唐揚げは得意料理みたい。智紀くんみたいなカッコいい人に褒められたって知ったらうちのお母さんすごく喜びそう」
「陽菜ちゃんもうまいなー。俺、そんなにおだてられたらもっとおかずあげたくなっちゃうよ」
楽しげな智紀くんに、私も楽しくって顔を見合わせて笑いあう。
二人の輪の中に溶け込めた気がして嬉しくってしかたなかった。
そんな和やかな雰囲気の中で――――。
「あのさ」
ため息混じりの晄人の声が響いた。
お弁当を食べていた手を止めて晄人を見る。視界の端に少し映った智紀くんはニヤニヤしていた。
「どうしたの?」
晄人はなぜか不機嫌そうな顔をしていて、私のお弁当箱を箸で差した。
「智紀に餌付けしてどうするんだよ」
そう言いながら晄人は箸を伸ばして残り1個だった唐揚げを取った。
「……え?」
意味がわからなくってポカンとしてしまっていると、智紀くんが吹き出している。
「普通、俺を餌付けするんじゃないのか?」
言うなり晄人は私の唐揚げを一口で食べてしまった。
「……え? あの?」
必死で頭の中で晄人の言葉を整理する。
餌付けをするなら智紀くんじゃなくって晄人?
えっと――――……。
「彼氏を餌付けして、ずっと一緒にいたいって思わせるのが先決じゃないのか?」
唐揚げを咀嚼して、お茶のペットボトルを飲みながら晄人は私を見る。
そしてニヤッと悪戯気な笑みを浮かべた。
そこでようやく私は晄人の言いたいことを理解して、顔が真っ赤になってしまった。
「顔赤くするようなことか?」
すかさず晄人が突っ込んできて、
「陽菜ちゃんは照れ屋さんなんだよ。晄人は寂しがり屋さんだけどねー」
「はぁ? 俺のどこがだよ」
「俺と陽菜ちゃんがおかず交換してて仲間はずれにされたから寂しかったんだろ? そんな可愛い晄人くんにはほら、これあげよう」
「……おかずじゃねーだろ、これ。ごはんだろうが!」
「ごはんは大事だよ」
「意味不明すぎだろ」
「あ、そうだ。ほら、晄人もちゃんと陽菜ちゃん餌付けしないと! はい、陽菜ちゃん」
マシンガントークのような二人の掛け合いにまた呆気に取られていると、智紀くんが晄人のお弁当から野菜の肉巻きを取ってくれた。
「……あ、ありがとう」
「おい、それラスト1個!」
「うわー、晄人くんケチぃ」
「死ね、智紀」
「あ、コロッケ取るなよー。それこそラスト一個!」
「お前こそケチだろ」
ぎゃあぎゃあ言いあっている二人。
さっき普通の高校生なんだな、なんて思ったけど―――いまは中学生くらいにも見えてしまう。
そんなこと言えないけど、可笑しくって笑ってしまっていたらお弁当箱が揺れて、気づいたら今度は卵焼きが晄人に取られていた。
「え、あ!」
慌てる私のお弁当箱に、晄人がごはんを「かわりにやるよ」と乗せてきて。
「いらない!!」
思わず本気で叫ぶと、とたんに二人が声をたてて笑い出した。
ハッとして口を押さえるけどすぐに耐え切れずに笑いがこぼれてしまう。
おかずの取りあいっこなんて小さい頃以来。
ばかばかしいけど楽しすぎて、お昼の時間はあっというまに過ぎていった。



昼休み終了を知らせる予鈴がなって私たちは三人で屋上を後にした。
晄人だけじゃなく智紀くんも一緒にいることで女の子たちからの視線はすごくたくさんあって正直痛かった。
でも晄人がそばにいてくれるからそれだけでどうでもいいと思ってしまう。
「またな」
途中で別れるとき晄人はぽんと私の頭を撫でて笑ってくれる。
私のお弁当箱を持っててくれた晄人にお礼を言って、
「うん、あとで」
と晄人と智紀くんに手を振って教室に戻った。
中に入った途端、クラスメイトたちから注目を浴びてしまう。
なっちゃんもすぐに私に気づいて「どうだった?」と訊いてきた。
「楽しかった」と自然に笑顔になってしまう。
なっちゃんは自分のことのように喜んでくれた。
「なっちゃん」
「んー?」
「なっちゃんもよかったら一緒に食べない?」
晄人たちと食べるのはすごく楽しかったけど、いつも一緒だったなっちゃんがいないのは寂しくもあった。
うーん、となっちゃんは苦笑して首をひねる。
「私イケメン苦手なんだよねぇ。まぁでも陽菜とも食べたいし、たまにはお邪魔しようかな?」
「うん! 晄人もなっちゃんも一緒に来てい行って言ってたから、今度行こうね?」
「了解〜」
きっとなっちゃんなら晄人たちとすぐ仲良くなれる。
それにイケメンだから、とかそういうんじゃなくって、私たちとなんらかわらないんだってことをなっちゃんにも知ってほしいなって思った。
少しなっちゃんと話しているうちに本鈴がなって5時間目が始まった。






授業は滞りなく進んでいって、最後のホームルームも終わった。
教室の中は帰り支度をする生徒たちで騒がしい。
私も鞄にノートと、いくつか使う教科書を詰め込んでいた。
「陽菜ちゃん、ばいばい」
「明日また話聞かせてねー」
クラスメイトの女の子たちが私に向かって手を振って教室を出ていく。
それに笑顔で手を振り返して、内心ため息をついた。
授業中は問題なかったけど、昼休みを終えてそのあとの休憩時間はトイレに行く暇もないくらいにいろんな女の子たちに話しかけられた。
それはもちろん晄人の事。
告白した時のこととか、晄人の趣味だとか好みだとか、キスはもうしたのか、とか。
とにかくいろんなことを聞かれて、でも答えられたのはほんの少しだけ。
そばにいてくれたなっちゃんが私を助けて受け答えしてくれたのもあるし、第一に私と晄人まだ付き合いだして一日しかたっていない。
私が晄人の事について知ってることなんて、全然と言っていいほどない。
『陽菜はこれから松原くんのこと知っていくんだから、気にしちゃだめだよ』
6時間目の授業が始まる寸前、なっちゃんがそう私に耳打ちしてくれた。
これから―――か。
「陽菜、私さき帰るねー」
帰り支度をし終えたとき、なっちゃんが私のところにきて笑顔で手を振る。
「え? 一緒に帰らないの?」
きょとんとしてなっちゃんを見ると、なっちゃんは何故かニヤニヤしている。
「あー私、今日デートだからさ。それに、陽菜は"彼氏"と一緒に帰るんだろうし」
「え、ええ? でも約束はしていないから……」
なっちゃんに言われて、全然考えていなかった一緒に帰るっていうことにドキドキしてしまう。
「昼休み来るくらいだから、一緒帰るでしょ。―――あ、ほら。噂をすれば。んじゃね、ばいばーい」
なっちゃんが後ろを指さす。
つられて振り返ると晄人がうちのクラスに来ている姿が見えて、なっちゃんが私に手を振りながら出ていった。
慌ててなっちゃんに「ばいばい」と言いながらも、私の目は晄人を捉えてしまっている。
教室の入り口のところに辿りついた晄人と目があって、鞄を持った手が軽く上げられた。
そして「帰るぞ」と、当たり前のことのように声がかけられる。
もちろん、私に。
身体中が―――ぞわぞわするくらい嬉しくて、頬が緩みまくった。
鞄を手にして晄人のもとに駆ける。
また、あたりまえのことのように差し出される手。
その手に手を重ねて、ぎゅっと握った。
一瞬不思議そうに晄人が私を見たけれど、とくに何も言うこともなく歩き出す。
一歩一歩一緒に歩いていくたびに、繋いだ掌から体温が伝わって混じり合うたびに、晄人の声を聞くたびに―――どんどん、ますます晄人のことを好きになっていってしまう気がした。
世界は鮮やかに色づいて、私はこの手をできることならずっと離したくない。
そう、思った。